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「志士としての吉田松陰の学問」
【2010/07/27 17:14】 エッセイ
志と学問観、人間観、時務論がふんだんに入り混じった松陰像です。
私心のない大真面目な日本人です。

吉田松陰の『学』は、単なる学問でなくて、いわば時代の問題を解く歴史的実践にかかわる学であった。『志士は時務を知る士』でなければならない。
安政六年(1859)四月に、門下生の野村靖(入江杉蔵の弟)に宛てた書簡には次のように書かれている。『時勢こそとまれかくまれ、義卿(松陰)が崛起の人なり。(補注:この一句得と分らば時勢論も随分仕るべし) 放囚さへすれば(松陰は二度目の野山獄収監中)、義卿は一人でも遣るなりと云えば粗暴に聞ゆれど、夫れは志なり』と。同じ書簡で、『義卿、義を知る、時を待つの人に非ず。草莽崛起、豈に他人の力を假らんや。恐れながら 天朝も幕府・吾が藩も入らぬ、只だ六尺の微軀が入用。されど義卿豈に義に負くの人ならんや。御安心御安心』と。(全集第八巻・321頁)これは時務を知るの士そのものの実践を云っているのである。
至誠

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