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維新の先覚者「吉田松陰」研究のやさしい入門ブログ

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『歴史における個人の役割』
【2010/08/30 21:09】 エッセイ
掲題の関連で、面白いことに出会ったので書いてみました。
プレハーノフ24.5.5

マルクス主義者として活動したユダヤ系の人で「プレハーノフ」という人物がいる。この人に『歴史における個人の役割』という著作がある。(岩波文庫・木原正雄訳)

幕末も後半になって長州の「大村益次郎」が軍師として大活躍し、「第二次長州征伐」(長州側からは四境戦争と呼称)で石州口での戦いに圧勝。また「上野彰義隊の討伐」でも圧勝し、軍師としてその名を高めた人物である。靖国神社に銅像が聳え建っている。
中公新書の『大村益次郎』(絲屋寿雄著:1971)の「あとがき」(169頁)で掲題のことが下記のように紹介されている。


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「早稲田大学社学二水会」について
【2010/08/30 17:22】 エッセイ
  今日は、少し個人的なことも含んだ掲題のことについて書いてみます。
早稲田大学に「社会科学部」という昭和41年に創設された学部があります。
それまで、早稲田には他の大学同様「第二学部」がありましたが、吉永小百合さんの卒業された「第二文学部」のみを残して他の学部は廃止された。
変って「社会科学部」が第二政治経済、法、商の各学部を統合した形で創設。
日本の私学で最初の「専任教授」を擁した夜間学部としてスタートした。
大隈講堂24.3.25

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薩長史観(維新史観)について
【2010/08/29 07:31】 エッセイ
息抜きをしながら読める「明治維新」にまつわる秘話や裏側を書いてみました。

「勝てば官軍」ということばがある。幕末維新時の「戊辰戦争」に勝利した反徳川幕府側、つまり討幕側(主として薩長軍)が幕府軍に勝利したことからいわれることばである。
薩長


結果としての勝利者側に立ったのであって、そこには「善悪の判断を超越」したものがある。我々の、少なくとも明治中期以降に誕生した人達は、こうした「維新史観」を当たり前に受け入れ、そこに多くの疑問を投げかけないようである。そして、それが歴史であると思い込んでいる。だが、果たしてそうだろうか?


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『変革期の人々』 -大東文化大学オープンカレッジ―
【2010/08/26 16:41】 エッセイ
10月から1ヶ月間、毎週土曜日に掲題のタイトルにて、市民大学講座の「オープンカレッジ」を開講予定です。

今回は10月23日から①吉田松陰②二宮尊徳③大久保利通④タウンゼント・ハリス⑤福澤諭吉を5回にて予定。先輩と二人で行い、吉田松陰(10月23日)、大久保利通(11月6日)、福澤諭吉(11月20日)を私が担当予定。これは、黒船来航を機に吉田松陰が変革期の扉を開く奮闘をし、その延長で数多の変革推進者達の代表として大久保利通を、そして明治近代国家に相応しい「日本人」を『独立自尊』の旗印で養成しようとした福澤諭吉を維新の各期を代表して語ろうとの考え方で構成してみたのである。


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吉田松陰の名前
【2010/08/22 06:31】 エッセイ
松陰の名が、実は名前と通称と号といろいろあることについて、紹介文を書いてみました。

私達は『吉田松陰』と云う名前に、特別な違和感を持ち合わせていない。むしろ、ある種の「親しみ」を抱いている方が多いだろう。だが、明治以前の名前のありかたは現在と著しく異なっていたことを知っていることが必要である。「孔子」や「孟子」をきちんと勉強した(読んだ)人は、これが所謂「本名」ではないことを知っている。作家に「ペンネーム」があり、力士に「四股名」があることを連想すれば解り易いと思う。例えば「三島由紀夫」はペンネームで本名は「平岡公威(きみたけ)」というように・・・。
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『文政十年の詔と神国由来』
【2010/08/20 15:33】 エッセイ
江戸送りは生きて帰れぬと覚悟して、父親に贈った詩に書いてある内容と解説です。
吉田松陰は、二度目の野山獄収監中の安政6年5月に幕府から呼び出しを受けた。嫌疑は「安政の大獄」で初期に逮捕された梅田雲濱との陰謀などの確認であった。江戸に向けて出発の時に、「父、杉百合之助」に別離を告げた詩を前に紹介した。『家大人に別れ奉る詩』の中に、『耳には存す文政十年の詔』とある。短文なのでこれを読下し(原文は漢詩)で紹介します。

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『講孟余話』
【2010/08/19 19:19】 エッセイ
松陰の代表作「講孟余話」に素晴らしい文章がありますので、少しの解説を加えて紹介しました。
吉田松陰の著作中、最大のものは『講孟余話』である。これは、吉田松陰全集・大衆版では第3巻の全てをこれに収載している。また講談社学術文庫版『講孟剳記・上下2巻』(近藤啓吾全訳注)としても出版されている。
その「序」に大変有益な文が書かれている。
無題 2.jpg
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松陰と山鹿流兵学
【2010/08/18 19:30】 エッセイ
今日は、松陰の精神的支柱となった山鹿流、孟子との関連を書いて見ました。
松陰には『師』と呼ぶ人物が二人いた。一人は「吉田家の家学」である『山鹿流兵学』の素、山鹿素行である。松陰は『先師』と呼んで尊崇し、もう一人は佐久間象山で『師』と呼んだ。5歳で叔父の吉田家の假養子となって「山鹿流兵学師範」としての人生が義務付けられた。江戸時代は「職業選択の自由」がなかった。

山鹿流兵学の伝授書
無題1
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『留魂録』―死に際までの教師―
【2010/08/18 09:49】 エッセイ
処刑前日に書き上げた2通の遺著『留魂録』です。

安政6年10月26日(処刑前日)黄昏に書き上げた2通の遺書(全集第6巻、275頁)
今日は、吉田松陰の遺書ともいうべき『留魂録』についてです。10日前の10月16日に評定所で口書き(調書)の読み聞かせがあった。7月9日の第一回の評定所呼び出し以来、これまでの取調べ中で、老中の間部詮勝要撃策を巡って、論争までした松陰であったが「末文の改まらざるを見れば首を取るに違いない・・・」と確信した松陰は、以後、人生の締めくくりに向けて大忙しとなる。親族、門下生宛てに書き上げた書簡や遺書、そして伝馬牢名主に遺書を託す迄の10日間、多くの遺文を残した。
留魂録
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父叔兄(ふしゅけい)宛・書簡
【2010/08/13 17:08】 エッセイ
安政6年(1859)10月20日(全集第9巻:417頁)

涙を誘う松陰の手紙の紹介記事を書きました。
有名な歌も挿入されています。
松陰の人柄の一端を味わってください。

萩
美しい萩市
死罪を覚悟して、親族に宛てた「別離」の手紙です。万感胸に迫って来て、涙なくして読めません。吉田松陰の「親思い」の人柄を示す有名な書簡です。以下、読下し文です。


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入江杉蔵への手紙(学校の興隆構想のこと)
【2010/08/13 17:06】 エッセイ
福澤諭吉と同様、学校の建立(尊攘堂)を愛弟子に託す素晴らしい書簡です。
日本の隆盛には教育が欠かせない認識を持っていたことが解ります。
因みに、尊攘堂は明治になって品川彌二郎が実現した。現在は京都大学の構内にあります。

尊攘堂
尊攘堂

安政6年(1859)10月20日(全集第8巻、422頁)
この日、松陰は入江宛に2通、飯田正伯・尾寺新之丞宛、父叔兄宛と4通書いた。更に途中まで書き掛けて止めた『諸友宛』の、「諸友に語(つ)ぐる書」という遺書を書いた。
この精神力には敬服以外にない。見事な人生の締めくくりの覚悟であります。


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松下村塾の人びと
【2010/08/12 22:15】 エッセイ
高杉の暴れ牛と久坂の廟堂に鎮座させたら大政治家の雰囲気がある、と言う山県有朋の話を描いたものです。

吉田松陰の研究者「海原徹」先生が『松下村塾の人びと』(ミネルヴァ書房:1993)という本で80名程の塾生を紹介している。四天王といわれる久坂玄瑞、高杉晋作、吉田稔麿、入江杉蔵のうち、吉田稔麿は松陰が期待した、早期に入塾の人物であったが、人物評の面白い絵を描いた逸話が山県有朋によって語られている。
CIMG0091.jpg

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松陰の夢(その2)
【2010/08/12 17:34】 エッセイ
松陰の代表的な著作『幽囚録』の要点と、簡単な解説文を書いてみました。

吉田松陰は多くの時務論を書いている。その中でも『幽囚録』は重要な論文です。下田の密航の背景、外夷への対処に関する考え方を知る上でも極めて重要で、松陰の思想を知るのに不可欠である。
松陰

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吉田松陰の夢
【2010/08/10 22:52】 エッセイ
「松陰の夢」の一端を書きました。
尊皇攘夷でなく最初は尊皇開国の考えだったのであります。松陰=尊皇攘夷は実は違います。

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幕府断罪書
【2010/08/10 22:51】 エッセイ
安政6年10月27日、午前。幕府評定所での判決文です。江戸期の判決文として貴重かと思います。舟橋聖一の秘話も書いておきました。
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幕末土佐藩と山内容堂
【2010/08/10 22:49】 エッセイ
今日は、松陰から離れた土佐藩の話です。
薩長土肥で土佐は勤皇藩と言われながら、薩長の討幕路線と異なった。藩主の特殊事情ゆえでした。
幕末四賢候の一人と言われながら、容堂は龍馬の「船中八策」に近い政策を建白した理由が書いてあります。
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「吉田松陰伝」のこと
【2010/08/08 17:09】 エッセイ
中公新書に「吉田松陰」(田中彰著 2001年)がある。この書はサブタイトルがついていて、「変転する人物像」とある。元々は中央公論社「日本の名著・吉田松陰」の解説に書いたものを加筆訂正したものだが、この本は松陰の勉強をするものにとっては、まず最初に読むべきものである。そして明治24年8月に、水戸藩士「野口勝一・富岡政信共編」(野史台)によって編集された『吉田松陰伝』が最初の伝記と紹介されている。なお、同年12月に安藤紀一氏(定本・吉田松陰編集委員を務めた)が『吉田松陰先生略伝』を刊行していると言うが、未見と記述。明治維新後、松下村塾出身者が顕官になったが、松陰伝は書かれなかった。

伊藤博文
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定期試験を実施
【2010/08/08 12:06】 エッセイ
出席率の高い学生ほど、高得点の当たり前の結果でした。
彼らが就職試験で、人事担当者に「吉田松陰」の人物評をしてくれたら喜びです。
試験の評価と感想を書いてみました。
試験

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『ある本のススメ』
【2010/08/03 06:03】 エッセイ
1984年初版、1997年7版の少し古いものですが『幕末維新の経済人』(坂本藤良著、中公新書)を読みました。大変面白い本です。本題に入る前に少し脱線します。著者は経営学の専門ですが、自分が『会社経営に失敗した』経歴の持ち主です。『理論と実際の違い』とか『経営学の権威をダウン』させたと、評判を呼んで、一時的に話題提供をした方です。記憶に間違いなければ『光文社・カッパブックスの経営学入門』という本が、ベストセラーになった。昭和40年代。しかし、著者自身が経営に失敗し、倒産が話題になったのです。
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吉田松陰と水戸学
【2010/08/01 11:06】 エッセイ
小学校時代の友人が『常陽 藝文』7月号を送ってくれた。6歳からの友人ですから57年間もの長い友人です。ゴルフや同窓会での一献などの機会には、今でも会います。今は、日立市在住ですが自分でも感心するくらい長い交友です。その彼が送付してくれたのが常陽藝文の小冊子です。これは財団法人「常陽藝文センター」が毎月発行しているものです。この7月号に『吉田松陰の東北旅日記』特集が掲載されています。徳川斉昭24.4.9



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