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『飛耳長目帳』のこと
【2012/02/25 18:33】 エッセイ
飛耳長目帳24.03
『飛耳長目帳』のこと

掲題の言葉を何人が知っていることだろう。読み方は「ひじちょうもくちょう」と読むのである。ではその意味はとなると、これまた殆どの方がわからないであろう。広辞苑によると次のように説明されている。「遠方のことをよく見聞する耳目。物事の観察に鋭敏なこと。転じて書籍のこと」とある.


実は、これが吉田松陰の「松下村塾」に常備されていて、塾生は等しく読める機会を提供されていたのであった。
松陰が遊学時代に知り合った全国に居る先輩、知人や松陰の門下生たちが江戸や京都、大阪などに修業や藩命を帯びて滞在している先から、国内の政情不安からくる諸々の大事な情報、たとえばハリスの江戸入りと将軍謁見のことや日米修好通商条約の無断勅許調印のことなどが刻々と入ってくるのである。 これらは、今日でいう新聞の切り抜き集を小冊子風にしたものと考えるとイメージが湧きやすいだろう。
この時事論(松陰は時務論と言った)を巡って、松下村塾では対論が盛んに行われたという。今日風にいえば「大いに議論を交わす」という事になる。したがって、塾生や吉田松陰は「萩の近郊」という、当時の陋村に居ながらにして国内情勢に詳しくなると同時に、一定の見識を持つようになる。

また松陰は「経済」という言葉も良く使ったと門下生が回想している。(村塾零話)形而上学的な思惟を避け、現実的なものから物事を考えることを重んじたわけである。そうであるから、「学者になるための学問を強く否定」したのであった。同時に、久坂玄瑞との往復書簡でも、自分のよって立つところから議論を組み立てよと、厳しく戒めたのであった。「墨夷の使者を斬るべし」という、久坂の勇ましい書簡に対して、「議論が浮薄」とやりこめたのであった。(久坂玄瑞に復する書)

吉田松陰の「松下村塾」が、結果として政治的であったことも、このような勉強法を取り入れたことも与って大きい。
飛耳長目


難局(国難)への立ち向かい方が、断然普通の人物と違うのである。勿論、いわゆるテキストは、多岐にわたっており、塾生一人ひとりがその学力に応じて松陰が推奨したのであった。基本的には、松陰自身が朱子学、とりわけ孟子を幼児から勉強させられたこともあり、漢学塾ではあったものの、松陰のオリジナルな教育手法が取り入れられていたのである。

松陰の学問への姿勢は、晩年に門下生の入江杉蔵に語っているように、「一つの学説、思想に拘泥しない」のが特徴である。良いと思われるものはどしどし取り入れて可であった。基本は朱子学ではあったが、鎮西遊学で葉山佐内の下、陽明学に出会ったのは有名であり、また松陰を「陽明学徒」と呼称する書物も散見されるが、彼自身それを否定しているのである。

情報の持つ意味を知悉していたという意味では、さきがけの人物であった。
彼は読書量も大変なものであったが、著述も大変な数になる。
大著の『講孟余話』は、全集のなかで独立した一巻に収載されているが、『幽囚録』や『回顧録』は相当の長文である。従って、松陰は「よく書物を読み、且つ著述した」人物であった。しかも、例外なく彼の文章は美しい。巧みな文章家であることは間違いない。また彼の読書法は、必ず「抄録」して要点を把握する方法で、門下生にも強くこの方法を奨励したのであった。
吉田松陰とその門下24.3.25


掲題の「飛耳長目」は、松陰にとっては情報源であったと同時に、下田踏海に失敗するまでは徹底して現地踏破も厭わなかった。浦賀に四日間も滞在して、黒船の情報を詳細に自分の眼で見て、そして聞いて確認を怠らない観察や情報に対する態度一つを見ても、情報に対する価値判断、そこから導き出される洞察力とその後への展望予測も鋭いものであった。つまり「情報の収集、分析」を怠らないことが彼の「実用の學」ともいわれる所以なのであろう。

「飛耳長目帳」で、幽囚の身でありながら情報を知悉していたことが、評定所で逆に奉行から訝られたのは何とも皮肉な結果であった。しかし、信念に従っての行動であったが故に、「死罪」を感じ取ってもきちんとした人生の幕引きをし、「国のために死んでみせた」天晴な人生であった。それゆえ、根強い「松蔭人気」は、浮ついたものとは異なる。人生を真剣に生きようとする人たちや、娯楽的要素のない松陰先生を勉強する人たちが多いのである。


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母校、「小山台高校」
【2012/02/25 15:08】 エッセイ
小山台高校のこと

平成24年2月14日、私の母校である「都立小山台高校」の授業の一環に参加して来た。
45年前に卒業した懐かしい思い出がある母校である。

私の在学した当時は、第一学区といって後に導入される「学校群」の前であったから、大学進学の実績は大変なものであった。名だたる有名大学に殆ど入学している名門校であった。私はここの定時制で学んだ。2年次から転入学したが、高校の掲示板を見て腰を抜かすほど驚愕した。
全日制高校の大学進学実績が、当時で東大、東工大、一橋大等々の超難関大学に大変な人数が合格していた。全国レベルでみても、有名校のひとつであった。

全日制の実績も大変だったが定時制もこれまた、進学実績が「これで定時制?」と思える程なのである。
小山台高校

東大、東工大、等に代表される国立系が多かったのは、経済的な事情から、全日制に進学できなかった生徒が、定時制に進学して来たことの事情もあったのかもしれない。しかも、全国区に近い出身者も相当に多いのである。私のクラスで知っている限りでも、北は秋田県、山形県、南は九州鹿児島の出身者までいた。
小山台高校校章2012.3.29

先輩、同輩、後輩の昭和30年から50年頃までの進学実績は信じられない程のものを残したのである。戦後の経済復興途上のためか、定時制といえども、生徒数は各学年200名近いのである。全日制と異なり4年間かけて卒業するわけだから在校生が800名近くの大所帯であった。学費は安く、夜食つきで学ぶので、時間的な制約を除けば誠に楽しい。豊かな社会が実現した今では、なかなかイメージが湧かないかも知れない。

現在は国際色豊かで、海外からの学生もいた。体験交流的に各グループに分かれて、先輩を交えた話し合いが持たれた。
驚いたのは定時制高校に対する偏見が残っていることだった。我々の時代には、そんなになかったように記憶しているが、或る意味で日本が豊かでなかった時代という事もあってか、多くの若者たちが定時制に学んだものだった。しかし、豊かな日本が現出した今、定時制高校に通うのは「おちこぼれ」だと見られているケースがあるという。体験談を紹介すると、交番に勤務する「巡査」に職務質問されると定時制高校生というと、侮蔑的な言葉やまなざしに出会ったことがあるという生徒が何人かいた。まことに怪しからぬことである。これは東京だけの現象かどうか調べてみる必要がある。警視総監宛に、抗議文を書きたい思いである。私たちの時代は、むしろ激励された記憶さえある。時代の変化というべきか?

さて、例年のこの行事の一環として講演が行われることから、今年の講師を依頼された。約40分間での中で私は、自分の体験談を語り、吉田松陰が修業に旅立つ門下生の画き与えた「送序文」に模して、教訓を交えた激励のメッセージを送らんが為の話をした。題して『私の越えてきた道』。此の中で、とりわけ吉田松陰が力説した「志をたてて以て万事の源と為す」を説明しながら後輩の生徒諸君に語りかけるように話した。野口英世の生き方なども参考例として交えながらの話であった。
松陰は政治犯として、下田踏海以来自由を奪われる身となり、その生涯を終えるまでそれは続いた。しかし、野山獄や江戸伝馬牢にあってもめげることなく、読書と著述と思索の日々を送ったのであった。逞しい生命力あるいは向上心と言ってしまえばそれまでだが、実はそれは「自己教育」の場でもあった。初心貫徹ともいえるが、自己教育の精神無くして何の教育ぞ!とばかりに、学問の向上に励んだ。
同時に「人は一人では生きられない」から、自分を取り巻く、家族、友人、恩師、先輩、後輩の人々を大切にすること、それが結局は自分を大切にすることに連なって、還元されてくるものなのであろうと思う。
こんなことを念頭におきながら話して、最後に「クラーク博士」の言葉で締めくくった。

若い世代との人生観や価値観が異なるかもしれないが、人が人であるためには向上心は欠かせない。自ら志をたてて、自分の人生目標達成に勵むことこそ、人間の人間たる所以である。人生に山あり谷ありはつきものである。山に会っておごらず、谷に会って踏ん張ることが大切なのは勿論だが、上り坂、下り坂、そして「まさかの坂」があるのも人生である。生徒たちは、先生によると普段とは異なり、真剣で私の話に聞き入ってくれたとのことである。そうであれば、一生懸命話したことが無駄にならないだろう。
時代の流れは、ある意味ではいかんとも出来ない部分があるが、現代の定時制生徒には生気を感じるものが少なかったように印象される。奮起を促したいと願うばかりである。





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