長谷川勤のインフォメーション・ブログ
維新の先覚者「吉田松陰」研究のやさしい入門ブログ

プロフィール ×

kinnhase

Author:kinnhase
長谷川勤のインフォメーション・ブログへようこそ!


最新記事 ×

最新コメント ×

最新トラックバック ×

月別アーカイブ ×

カテゴリ ×

『吉田松陰の人気度』
【2014/12/25 21:54】 エッセイ
「吉田松陰の講演・講座」

吉田松陰という人物は、大変に人気がある。しかも、私の印象では右翼とか左翼とかの偏りがない。日本人一般に多くの方々の支持層があるように思える。もしかしたら、年齢層は高いのかもしれない。
それはどうしてなのだろうかと、何時も考えている。日本人の原点を持っているからなのであろうか。吉田松陰ほど日本人の香りを漂わせる人物は少ないように思うのは、私だけであろうか。
自分の全生涯をかけて、日本の国土、領土、精神を守り抜くことに費やしたエネルギーは計り知れないものがある。
しかも、活躍した時期は、常に「幽囚」の状態で、いわば、「自由を奪われた身」での、極端に制約された境遇の中での活動であった。「志」を貫いた強靭な精神力が、日本人の共感を呼び起こすのであろうか?
しかし、不思議なことに自分からは、「私は吉田松陰のファンです」、とほとんど語らない。それはなぜか? おそらく、楽しむといレヴェルが「面白い、楽しい」というのと次元が異なるのだと思われる。
通俗的な言い方が許されるならば、いわゆる「ミー・ハー」的なファン層と異なり、自分の人生観と照合させながら、心の内で共感を呼ぶ何か、があるからであろうかと思われる。
趣味的な楽しみ方と異なるような気がしてならない。
松陰正装画像


私の言葉で表現するなら『大向こうをうならせない』、普通の人達が、真剣に自分の人生と吉田松陰を重ね合わせて模索している人達のように思われるのだが、それは、私だけの独りよがりなのであろうか?
平成27年度のNHK大河ドラマで、「吉田松陰のゆかりの人々」が取り上げられることになったが、放送直前の今、吉田松陰についての講演や講座で語れる講師探しが大変なようである。
私が、番組発表以来で依頼されたのだけでも相当な数に上る。

因みに、これ等を書き出してみると、以下のようになる。これは、NHKでの「ドラマ化」が発表されてからのことである。
それ以前を書き出すと、殆ど書ききれないほどの多くの数になる。
それでも、なにかの契機がないとこうした現象は起らない。「待望久しい」人物の登場のようである。ある人曰く、人生が29年という短いこと、あまりにもストイック過ぎて面白みに欠けている。
以上のことから、「視聴率」が稼げないとの、もっともらしい理由を聞いたことがある。なるほど、そうかもしれないと思い当たる節はある。それでも、これほどの講演、講座で語る機会があったのだ。


(1)講座
① 2013年秋、「茨城県県南生涯学習センター」(幕末維新のヒーロー達の講座で2回)
② 2013年秋、「大東文化大学オープンカレッジ・板橋」(特集・吉田松陰の研究5回)
③ 2014年春、「大東文化大学オープンカレッジ・東松山」(特集・吉田松陰の研究5回)
④ 2015年春、「いきいき埼玉・伊奈町」(吉田松陰と松下村塾4回)
⑤ 2015年春、「茨城県県南生涯学習センター」(早春講座:吉田松陰とその家族5回)
以上が、講座で21回に及ぶ回数となる。
この他に、ある放送局での13回連続の「歴史講座」を予定しているので、吉田松陰とかかわり続けるような状態である。


(2)講演
① 2014年12月、「TAMA生涯学習センター」  80名
② 2014年11月、「さいたま新都心合同庁舎」    270名
③ 2014年10月、「印西市歴史愛好会」     60名
④ 2014年09月、「所沢ロータリークラブ」   40名
⑥ 2014年08月、「水戸文化センター」    670名
⑦ 2014年06月、「高崎豊田屋旅館」     30名

以上が、講演で「維新の先覚・吉田松陰」または「吉田松陰とその家族」の演題である。

因みに、NHKの大河ドラマには取り上げて欲しい人物が自薦他薦で目白押しのようである。私の知り得た範囲でも「山田方谷」、「河井継之助」、「武市半平太」、「鷹見泉石」等々である。
いずれも、放映されれば多くの日本人の為に裨益が多いだろうと予測される。
誠実に、日本の為、藩の為に尽くそうとした方々だ。
埋もれた人材と一括りしては失礼だが、是非とも実現して欲しい人々と思う。
「娯楽と教養」がセットで楽しめると思うのだがどうであろう。
別の意味では、「田中正造」という人物も、功利に走らなかった真摯な人物だったように思います。
日本を知るという意味では、何時の日か主人公に抜擢して、その人の「真の人物像」に迫ってほしい人物である。
古代史の人物では、イメージに対して時代背景が分りにくいという難点があって、視聴者はとまどいがあるのではなかろうか?


スポンサーサイト
『吉田松陰評』
【2014/12/23 11:56】 エッセイ
『吉田松陰』

明治以来、個人の伝記がこれほど刊行された人物は,福澤諭吉と並んで恐らく第一位を占めるのではないか。とりわけ、来年度のNHKの大河ドラマで彼の妹を主人公として取り上げるので、最近の書店の店頭には松陰本が並んでいる。慶應義塾を創設した福澤諭吉は、これとは別の意味で創立者研究という観点から膨大な書籍、論文、果ては事典の類いまで網羅的に刊行されている。しかも、「福澤諭吉研究センター」が三田の構内に設置されている。
こうした、特殊な環境の下であるから、吉田松陰のような人物とは、単に「多くの伝記刊行物」として並列的には論じられない。
だが、慶應大学に在っては偶像視に近い物がある割には、一般市民受けしない。市民大学講座などで採り上げても、聴講希望者が意外と少ないのである。その点では、断然吉田松陰の方が人気がある。

『杉家本・吉田松陰』

先日、「アマゾン」で吉田松陰を検索して見たら、余りにも沢山あるので驚いてしまった。然し、それらはあくまで「解説案内」的な内容であって、松陰の人物像に迫るものではない。作家の古川薫さんがいみじくも言っているように、松陰の全体像を描くことは殆ど不可能に近い。従って、ある視点からの研究から取り上げるしかない、明治13年イギリスのスティーブンソンが「ヨシダトラジロウ」を書いて以来、今日まで雑誌の類を含めれば500を超える研究本、解説本、論文等々が書かれているに違いない。

中公新書に、田中彰さんが「吉田松陰」を書いている。これは、明治以来の主だった研究本が、時代の変遷と共にどのように描かれてきたかを紹介している。吉田松陰を知るには格好の本である。然し、その田中さんも吉川弘文館の人物叢書で吉田松陰を執筆予定だったようだがついぞ実現していない。それだけ一人の人物の全体像を書くことの難しさを意味しているのかもしれない。一方。ミネルヴァ書房の「日本評伝選シリーズ」では、刊行の第一号に吉田松陰が出版された。著者は現在の松陰研究の泰斗「海原徹」先生である。出版社によると、松陰が売れ行きの第一位を占めているという。それだけ根強い人気があるわけだ。

いろいろな書かれ方をするが、最も変わったところでは岩波書店刊行の日本思想大系の吉田松陰の解説を書いた藤田省三さんだろう。彼によれば、松陰は思想家とは言い難く、「行動の人」であり、「構成の人ではなくて」「気概の人」であり、状況の真っ只中に突入して行くことを得意とした「ひと」であったという。だから彼の書物は体系的な著作ではなくて、彼の目指す当面の方針であり、情況に対する彼の反応であり、人々への説得であり忠告であり、総じて尽く彼自身の精神状況と行動様式を直接物語るものなのである。その意味で彼には「主著」なるものは無い。大概の人はこの解説文を読むと驚くだろう。ここで解説者が推薦している良書は、「徳富蘇峰」と「関根悦郎」の吉田松陰である。徳富の吉田松陰には既に評価の定着したものとして研究者の何方もが指を折る。然し関根悦郎については高評価をした本に出逢えない。マルキストという独特の視点から松陰の内面的展開を丹念に追っているというのが高評価だという。

いずれにしても、西欧列強の進出により植民地化への恐れがあったことに対し、独立を守るために懸命になって行動した結果が、29年という短い生涯となったので、己の命を懸けた覚悟の行動に喝采を送ることで、あれこれ理屈をつけて欠点と思しきものをあげつらうのは、どこか人気に対する嫉妬心みたいなものが感じられて素直に読めない。人は神ではない。欠点も長所も、喜怒哀楽も、様々に秘めている。そして江戸期の身分制社会に忠実に生きようとしたのでなかったか。同時に日本の良さを再発見した一人で、懸命に生を燃焼させた人であったことでよい。そこの難しさが、松陰を語る人が少ない理由の一つで、彼方此方から略伝なり人となりを聞きたい関心を喚起するのであろう。




サイドメニュー ×
メニューA  メニューB

検索フォーム ×

RSSリンクの表示 ×

リンク ×
このブログをリンクに追加する

ブロとも申請フォーム ×

この人とブロともになる


QRコード ×
QR