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上杉鷹山への『訓戒書』二通
【2017/05/26 10:33】 エッセイ
宝暦九年、日向・高鍋藩第七代藩主「秋月種美の二男」だった松三郎(後の上杉鷹山)は、出羽米沢の名門大名家上杉氏の養子としての内約が決った。
高鍋三万石の外様小藩から、屈指の名家・上杉家に養子入りするに当たり、高鍋藩老臣(家老)三好善大夫重道は、二度にわたり懇切丁寧な「訓戒書」を書き送っている。
こうした訓戒を心に秘めて、上杉鷹山は江戸期の屈指の名君となった。
米国ケネディ新大統領の就任に当り、インタビューした日本人記者が「尊敬する日本人は誰か」との問いに、ケネディは、即座に「それはウエスギヨウザンです」と答えた。
インタビューした記者が鷹山の人となりを知らなかったというエピソードがある。
その鷹山に訓戒書を書き与えた三吉善太夫の心の籠った文を紹介して見る。
実は、上杉鷹山には「種茂」という兄がいた。この種茂公も大変な名君である。
兄弟そろっての名君なのだ。このことを知る人は少ない。 
170609秋月種茂兄弟(種茂と鷹山)170609秋月種茂170609上杉鷹山



三好善太夫の訓戒書①

宝暦九年三月五日、公重定公御養子の御内約あり、其の年十二月「秋月家の老臣・三好善太夫重道」公に上言す。
その書に曰く、

懼れながら、このたび、公子の上杉家へ御養われ成り候、御事、大なるご幸(さいわい)は、偏にご両親様のご恩德によりてなり。
殊更「心華院樣」ご由緒を以ての事なれば、慈母の御恩深き所、お忘れなく。
この上、御雙方(そうほう)樣への、「御孝行」の第一は、御養家樣方へご親切を尽くされ御事へ成され候義、肝要と存じ奉り候。
ついで御實方、御兄弟樣へ御睦まじく遊ばされるべし。
扨て、貴賤ともに人々、わが身に天より受け得たる「明徳」を、曇らざるように、お修業なされ候こと専一に御座候。
その訳は下賤にてもわが身、明らかになり「善道」を行わざる時は、小家も治まらず。
まして、況や貴人は御身随分と明鏡の如くなくては、下の善悪を知る事能わず、たとえ良臣ありとも朋輩(ほうはい・同僚)の事なれば、善悪たやすく申上げ難く、差控えそうらえば、善人悪人、お見違えこれあり。善人遠り、悪人近く、様(よう)になりては、自然と君も悪に移り、小なれば身を失い、大なれば家を亡ぼし、国民難儀に及ぶ事なれば、別けて大人はご幼年よりのお育ち、御修業、御大切なり。
況や御養子ともなれば、御他家をも御嗣ぎなされ、万一お修業なく御不明にて御養家、治まり申さず候えば、大なる御恥辱にて実父の家を治め得ざるより、その罪深く御雙方樣へ御不孝と相成るゆゑ、一入公子、御身の御養育、御大切に存じ奉り候。右、御修業は、恩を忘れず恥を知り、人道を能く御合点あり。四書少學、近思録の御学問を御一生涯、御懈怠なく成され候様願い奉り候。
兎角、善悪並び立たぬものに候えば、善に進めば、悪は退き、悪行なれば、善滅るもの。
されば仮初(かりそめ)にも悪事に傾く事をなさらず、善事に御染まりなさるべく候。尤も、上杉御家柄ゆゑ、御良臣多く、如何様よき御教訓も有るべく御座候えども、當時、身不肖ながら老職を相勤むることなれば、末々まで公子の御繁栄を願い、御成長の後も、折節(おりにふれて)、御覧くだされ、寸分の御為にも相成り候えば、生々あり難き仕合せと存じ奉り、心底を以て、諸人の嘲(あざけ)りをも顧みず、愚かなる事どもを自筆にて書き綴り、呈上畢。
十二月吉旦 三好善太夫
170609高鍋藩校明倫堂170609藩校興譲館





三好善太夫の訓戒書②

宝暦十年六月二十六日、御養子御願い済み、十月十九日秋月家一本松邸より桜田邸へ御引き移りあらせられる、重道復た、一篇の贈言を上(たてまつ)る。

一、 兼ねがね、御父君の御庭訓の如く、忠孝の御事第一の御勤め、片時もお忘れ成され間敷き事。

一、 御学問、御武芸は忠孝の基にて御座候えば、御懈怠成され間敷く候事。

一、 其の御家の御式法、小事たりとも御違犯なされるまじく候。お大臣は御國の柱、必ず御用い成され、小臣といえども異見を申し候者、必ず御悦び、御受入れ成さるべく候。諌めを納(いる)る事は人君の美徳にて、諌めを申し候臣は戦場の一番槍の功より増(まさ)ると、やんごとなき御方の仰せられし事、かねがね御覚悟成さるべく候事。

一人に君たる御身は寛仁大度と申し候て、ゆったりとして人を憐れみ、御胸中廣く、人を疑うことなく何事も悪味(あくみ)の御座無き候樣に御心懸け遊ばさるべく候事。
御身持、第一の御執行は敬の一字に御座候。敬と申す事むつかしき事にてもなし、御心のむきを正直にして、心の本を束ね、末の散らぬ樣に成され、立居振舞は番人の附いて居る如く、事をするに目附のある樣に影日向なく油断致し申さずか、敬と申すものにて是に残る事無く御座候。
然れども、始めあらざる事なし、終りある事難しと申し候て、続き申さず候まま、一日より一月に至り、一月より一年に至り、一年より百年をなし候へば、何事も災の出候事もなく、身の御養生の悪しき事もなく候。
諸々の邪悪も除き申し候ゆえ、敬は百邪に勝とも古人の仰せられしためしも御座候。
一、 人の上に居給う御身は何事も謙退深く、我に知恵ありとし給う事なかれ、下より褒めそやし候へば、大方は、我は知恵ある者と思召し候より、萬の悪事も出来、諌めをも拒き給う事に候。奢りを禁じ倹約を守る人に施したる事は思い給う事なかれ。人に恩を受けたる事は、聊かも忘れ給う事なかれ。善事は少なしとも、必ず為し給うべし。悪事は少なしなりとも、必ず為し給うべからず。我が身をつねって人の痛さを知ると申す事に候。我嫌いの事は、人も同じく嫌いなる事と思召しやり、人にしかける樣に致し、萬に思いやりを致し候事、恕の道と申し候て、御一生涯御執行、是に過ぎたる事なく候。愚かに拙き人も人の上を譏り、咎むる事は明らかなり。賢く明らかなる人も、見の上の悪しきを知る事は、暗し人の上を責むる心を以て自身を責め、我が身をゆるす心を以て人をゆるさぬは、大概宜しからずと古人も宣べり。

今度、我が国の公子、上杉家へ入られ候に付き、御幼少よりも御心存に成り申すべくの條々、重道が愚かなる書き付け、恐れ乍ら御餞別に差上げ奉り候。
夫れ、人は貴賤となく天地を大父母として生まれるは、大父母の御心にかなうように心を御用い成さるべく候事、御肝要の御儀と承り候。天地の大父母は、何をか心とするなれば、天地は物を生ずるを以て、心とすあれば、物を育て害わす慈悲の心を以て心とし、仮初にもむごき事を好まぬ君を敬い、父母に考し、衆人を憐れむに至るまで、皆此の意にあらざる事なし。されば、人の君となりて仁に止ると申す事に候へば、人君の道に至る肝要の御事と存じ奉り候。
天地の心に叶い給へば天道の冥福もあり、人道にも叶い給い、幾千世までも目出度く御栄へ成され候御事、必定の理り、にて御座候。
暫く書き続けなば、濱の真砂の数より多かめれとおさなき御心には諭し難き事をも書き綴りても、益なく且つは筆の力もなければ暫くおくと也。

宝暦十庚申年八月吉旦 三好善大夫重道 敬白


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