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書斎のある家への憧れ
【2019/01/14 15:47】 エッセイ
「書斎のある家への憧れ」

この記事は、平成二十八年十二月十七日号の『週刊現代』の載った記事である。この前月、ダイワハウス主催のフォーラム『転換期のいま、人材教育は吉田松陰に学べ』に出演後に投稿依頼があったのに応じて書いたものである。1頁に、書斎のイラスト入りで掲載された。

私の生家は群馬の赤城山麓で、八人家族の小農家だった。夕食時、病身の父が「丸いちゃぶ台」の定位置に座り、幼い私達に中国の出征談を毎日聞かせてくれた。夕食時が「勉強兼家庭教育の場」でもあった。後に私と娘が「日本史」の教師となったのもこんなところに起因しているかもしれない。なぜか、今もその光景が懐かしく思い出される。私が大学生の頃『若者たち』という映画があった。それを見た時、私の家がモデルだったのではないかと本気で考えた。
 年長の兄姉が、必死に働いて家計を支えていた。だから、兄姉は高校進学が経済的事情で出来なかった。私も十五才の中卒で上京して会社で働きながら夜間高校に通った。
そして、仕事と勉強と貯蓄に励み、自分で学費を全て工面して大学進学をした。必死に家計を支える兄姉に対しては、自然と家庭内では長幼の序が形成されていた。そうした反面、私たちは全員仲睦まじかった。そうした反面、いつもユーモアの交歓があり、貧しいながらも笑いの絶えない家だった。
私にとって、まさしく「憩いと教育の場」であった。兄姉が競って新聞小説の感想談義をしていた。こうした家庭に育った私は、「読書や音楽を楽しめる書斎のある家」に住みたいという強い願いがあった。
この願いは早くに実現し、私は二十代で自宅を購入した。のびのびと子育てすることができたのはこの家のおかげだ。
数年後に娘から「友達を連れて来られる家」が欲しいといわれて、もう一度踏ん張り現在の家を購入した。ここで念願の書斎を持った。自分専用の書斎で、所せましと本が並んでいる。吉田松陰の研究をしていることから「知行合一書を」を書家に注文して書いてもらい、「大学の恩師」の写真とともに額に入れて飾ってある。恩師は『日本の経済学を築いた五十人』に登場する先生である。
人は生涯に三度家を購入すると念願の家に住めるといわれるが、私は二度である。多少の満たされないことはあるが、それはそれでよしとしている。
現在「さいたま市」に住んでいるが、それは実家に帰省するのに便利であること、子供の通学は自宅からと願っていた結果である。この両方ともに条件が満たせて、子供は小学校から大学まで自宅から通えた。新宿まで電車で三十分の距離だが、近隣には生産緑地としての田畑が残り、埼玉県でも指折りの由緒ある公園もあって、四季それぞれの風景が愉しめる「我が家」だ。
夕暮れには「さいたま新都心」の夜景が美しく眺められる。読書後の日課にしている散歩中もそれを楽しめる、とても良い環境の中で、念願の「書斎のある家」での「楽しい我が家」の生活を満喫している。


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