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『毛利氏発祥の地』
【2020/04/08 17:14】 エッセイ
『毛利氏発祥の地』

180318毛利氏発祥の地②DSC04043

厚木市下古沢659 三島神社境内にある毛利氏発祥の地碑文
(毛利季光屋敷跡)


毛利氏は源頼朝が開いた鎌倉幕府の功臣であった大江廣元(一一四八―一二二五)から出ている。
大江廣元は頼朝の政治を補佐し、とくに守護・地頭の設置を献策したことで知られている。これらの功により現在の厚木市小鮎・荻野・南毛利地区などを中心とした『相模国毛利庄』をはじめとした多くの所領が与えられた。
廣元には六男五女の子供があり、四男の季光(一二○五―一二四七)が後を継ぎ、庄名をそのまま名字として毛利季光と名乗った。
季光は毛利元就(一四九七―一五七一)や毛利輝元(一五五三―一六二五)の先祖であって大江流毛利氏の始まりである。
季光が居住した屋敷は遺物等に残っていないものの、地域伝承や古地図、古い地名などからこの三島神社を中心とした一画にあったと伝えられている。

神奈川県厚木市の三島神社境内に、「毛利氏発祥の地碑」があり、その碑文には、上記のような説明がなされている。平安時代には「森」と呼称された土地(荘園)を安堵されたことから、【森=毛利】となったのである。
現在も、厚木市内に、「毛利台団地」と呼称される一画がある。おそらく、この土地一帯を安堵されたものであろう。
三島神社は、毛利季光の邸があった場所である。
厚木市は、現在の神奈川県のほぼ中央にあり、東名高速道路が通り、小田急小田原線の主要駅のひとつである。
新宿駅からほぼ一時間(急行)で到着し、北に丹沢山系を背負い、豊かな田園風景の名残が見られる。

江戸期は幕府の天領や旗本の所領等であった。
2020年2月現在の人口は22万4千人で、神奈川県北部の中核都市となっていて相模川を挟んで立地する。

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