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「兄・梅太郎からの手紙」
【2011/04/12 20:14】 エッセイ
松陰は、野山獄で「二十一回猛士の説」を書いた。これを兄に見せたところ、次のような返信が来た。面白いので紹介する。

兄・梅太郎から二十一回兒とは何と云ふことかや? と聞いて来たのが安政元年十一月一日であった。これに対して松陰は返信で「別紙のとおり」と返信の中に「二十一回猛士の説」や、他の原稿を見せたようである。
杉梅太郎


原文の一部を抜粋して、下記します。


二十一回猛士の説、喜ぶべし、愛すべし。志を畜へ気を幷(あわ)する、最も妙。然れども今より十八回の猛あらばたまり申さず、多言するなかれ、多言するなかれ。
汝此の言、幕裁緩なりとも、藩議獄に下す所以なり。多言するなかれ。必ず族せられん。
吾れ願はくは二十一回の猛を以て彼れが二十一代の史を歴観し、治乱興亡の然る所以を胸中に畜へ、有用の大著述あらんことを。
聞く、史馬子長、獄に在りて史記を輯すと。汝倣へよ。
○鮮肉も亦然り。獄中久しぶりにて之れあるべく、腹下り申さざれかし。
○象山に答ふる詩、面白し。
(中略)
○阿安が書差送り候。
○阿萬語を学ぶ、未だ墓行き申さず、少々宛(づづ)わかり候。
○壽妹八月二十五日、一男を擧ぐ。名篤太郎、健在なり。
(中略)
○讀書は墓行き(註:はかどる)申さざる様相考へ申し候。書物の入用之れあり候はば、周旋は如何様とも致し申すべく、随分御出精を待入り候。

今日地震甚し、天意如何。夜に入りて又度々、尤も畏るべし、懼るべし。亦獄中もゆり候や。
以下、略
十一月五日
渋紙差送り候間、常に晝夜とも蒲團より下の座下に敷き、湿気にうたれぬ様肝要なり。
二十一回猛士  座下                         學圃
以下、略

この書簡は読んでいて、兄弟の仲睦まじいのが読み取れる。
まず、二十一回猛士の内容を「多言するなかれ!」と心配して戒告いる。多言すると必ず罰せられ、一族に及ぶぞ!といっている。むしろ、司馬遷に倣って著述を勧めている。
食肉の差し入れをしたようだ。お腹を壊すな!とも。聾唖の弟の書も持参したらしい。妹千代の子供が勉強しているが、少しずつ進歩している由。下の妹壽(ひさ)に男子が生まれた。名前を篤太郎と命名、元気な様子。昨夜大きな地震があったが、怖かったことが書いてあり、野山獄も揺れただろうと尋ねている。
最後に、獄中は湿気が多いので渋紙を布団のしたに敷きなされ。と、親のような心づかいをしている。美しい兄弟愛の一面を見るようで、難とも微笑ましい手紙である。
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この記事に対するコメント
面白いので、書き方を急ぎすぎました。
この書簡は11月5日ですが、松陰の野山入獄が10月24日です。
だから、入獄して間もない(1週間位経過時点での書簡への返信)、ために兄は、松陰に必要なものは差入れするから遠慮なく言って来いと言っている訳です。出典は、全集7巻の250頁です。21囘の猛は了解したが、正直な松陰を心配して多言するなとブレーキをかけているのです。実際、脱藩や下田密航の大典を犯した時に、一族にも謹慎などの罰則が科されている。だから静かに、読書と思索を重ねて司馬遷のような、著述をせよと言っています。また、獄の訪問は司獄の福川犀之助が機転を利かしてくれている。後に、この人は松陰に弟子入りし、弟までも巻き込むほど松陰の日田柄を尊敬するのである。
【2011/04/13 09:40】 URL | 長谷川勤 #- [編集]

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