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福川家本自賛と跋文
【2011/04/17 17:16】 エッセイ
三分出廬兮諸葛已矣夫一身入洛兮賈彪安在哉心師貫高兮而無素立名志仰魯連兮遂乏釋難才讀書無功兮撲學三十年滅賊失計猛氣廿一回人譏狂頑兮郷黨衆不容身許家國兮死生吾久齊至誠不動兮自古未之有古人難及兮聖賢敢追陪

余再獄繋於野山獄前後篆 司獄福君愛顧甚多褚中有感吾未報者 今茲今月会由有関左厄臨別蒼皇録肖像自賛以贈之
二十一回猛士寅書

※この福川犀之助(野山獄司獄官)は、松陰の在獄中で自分の機転(独自の判断)で何かと便宜をはかってくれた。獄中夜間の「蝋燭の禁止」や「兄、梅太郎の松陰訪問」の頻度、そして自身が「獄中勉強会」で松陰に弟子の礼をとって学んだ。さらに弟にも勉強会参加をさせている。



極め付けは、松陰の東送の前日、獄の規則を破り、独自の判断で、一夜、松陰を自宅に帰宅させて、親族との「送別の宴」を催すことを、特別に許可した。後に、この独自の判断を藩政府からとがめられて、「遠慮」という罰則を数日間受けた。それば、罰則覚悟で、松陰の為に便宜をはかった、人情味或る、勇気ある行動であった。

こうした、二人の信頼関係が、特別に自賛を書き入れて、特別に贈ったものとみられる。囚人を監督する立場でありながら、松陰を尊敬したという、珍しいケースで、松陰の感化力がそうさせたものと思われる。

今回は白紙のまま、書き下ししないまま掲載します。

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