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松下村塾零話(雑録)  
【2011/04/20 09:28】 エッセイ
(全集第十巻:関係雑纂収載)        
明治三十年    天野御民 
天野御民:冷泉雅次郎 名は清稚。号は本清、長州藩士にして、歌人なる冷泉古風の子。天保十二年萩土原に生れる。明治二年天野家に養子となり、重次郎と称したこともある。林百非(真人:松陰幼時の山鹿流の教師)の甥。安政四年(一八五七)、十七歳の時松下村塾に入る。松陰殉難後、奇兵隊に入る。四境戦争の時御楯隊に在りて従軍する。維新後司法官となり、明治三十六年没。

予は幼時水戸の会沢安翁が遺範を読みて、其の師藤田幽谷先生の事蹟を詳述せられたるに深く感じたりき。頃者偶然此の事を思ひ出して、松陰先生の松下村塾に於ける事どもを記述せんとも思ひ立ちしが、如何せん予が先生に従学したるは僅かに一年有餘のみ、加之、予は此の時年甫めて十七八にして、何事も意に留めず、且つ先生没後巳に殆ど四十年、見聞したることも多くは遺亡したり。されども、今世人の多く知らざることを思ひ出づる毎に、左に記載して天下後世に伝えんと欲す。又以て先生の平素と村塾の模範の一斑を伺ふに足らん。・・・
渡邊蒿藏




明治三十年 松下村塾の晩生 天野御民謹識

一、 村塾は先生の叔父玉木翁(文之進と称す)生徒を集めて教授せられたる時其の堂に扁名したるものなり。翁仕に就くに及びて、先生の外叔久保翁(五郎右衛門と称す)邑の子弟を会し素読筆礼を授けられしとき復た其の塾号を襲用せり。先生安政二年十二月獄を免されて家に錮せらる。翌年七月(※安政五年の誤り)許されて家学(山鹿流の軍学)を門人に教授するを得たり。是に於て来り学ぶ者頗る多し。九月先生松下村塾記を作る。因って其の号遂に先生の教場に移転せり。
一、 先生の学固より朱子学を主とすと雖も、敢へて一に偏せず。其の論語を講ずるに当りても、諸注一見の便を以て、時としては論語徴集覧を以てし、或は古注或は仁斎又は徂徠・王陽明の説を交へ、之れに己れの発明説を加へ、取捨折衷せられ、その余考証を主とせり。其の発明する所多く之れに拠れり。
一、 國朝の学に至りては、本居翁の古事記伝を主とせられるども亦一に偏せず。水戸学・山陽翁の説も採り、或は野乗に徴せらるることあり。
一、西洋の事に至りては、清人魏源の海国図志を初め、当時有らゆる訳書は悉く読まれざるなし。
一、 先生の書を解釈せらるるは、専ら文法より入る。経書の如きも会講の時屢々文法を説かるることあり。論語学而第二章、其為人孝弟の章を以て、時の起承転合を説き示さるる如き類多し。塩谷宕陰会て先生の著孫子評註を見て、其の文法より解釈を下されたるに深く感服したりと云ふ。蓋し先儒多く意義の解釈を先にして誤謬少なからざればなり。
一、 先生徹夜読書せらるることなし。然れども経書の会講歴史の会講等夜に於て為す時は、往々鶏鳴に達することあり。
一、 先生睡眠の時間極めて短し。故に門人に書を授くるに当り、昼間と雖も疲労して覚えず眠らるることあり。爾るときは暫時机に伏して一睡し、忽ち寤めて復た書を授く。
一、 先生の歴史を読まるるには常に地図に照合し、古今の沿革彼我の遠近を詳かにす。依って地理に精通せり。毎に曰く「地を離れて人なく、人を離れて事なし、人事を究めんと欲せば先づ地理を見よ」と。
一、 先生毎に門人に諭して曰く、「書を読む者は其の精力の半ばを筆記に費すべし」と。故に先生は詩文稿の外抄録積みて数十冊に及べり。その指の筆の指の当る所固くして石の如し。諺に云ふ「タコ」が出来居れり、猶ほ裁縫を専らにする婦人の指に所謂豆の出来るが如し。
一、 先生門人に作文は奨励せらるれども、詩作は強ひて励まされず、蓋し文章を能くせざれば己の意を達すること能はずと云ふにあり。詩は多くは風流に属すればなり。れたり。
一、先生時間を惜しみ、虚礼を貴ばず。會て門人岡田耕作正月二日書を授かる為め塾に至る。先生特に文を与へて之れを賞せられたり。耕作時に甫めて十歳。
一、 予は先生に従学する者の中に於て、最も記憶力に乏しき者なり。一日先生に問ひて曰く、「晩生記憶極めて薄し、例へば今日読みたる書も、明日は忽ち遺亡す、如何にして可からんや」。先生曰く「夫れは至って能きことなり。凡そ読書は一時に通暁又は記憶せんことを望むべからず。例へば、初めには十八史略、次ぎには綱鑑、又其の亜ぎは通鑑と、追ひ追いに繰返し読むときは、自然意義も解け漸々事実も暗記するに至るなり。始めより記憶力強き者は却って之れを恃み、復習を怠り、遂に記憶薄き者にも劣るに至るものあり、学問にあれ事業にあれ決して急ぐべからず」と。
一、 旧長州藩学校の級を四等に分つ[小学校は此の外たること勿論なり]曰く、大学生・入舎生・居寮生・舎長是れなり。或る時大学生若干名抜擢せられて入舎生に挙げらる。之れに加はらざる者大いに不平を抱き、教員に迫りて之れを論ぜんと欲す。先生之れを聞きて、其の二三人を戒め諭して曰く、「足下等将に云々せんとすと。之れ甚だ宜しからず。若し教員にして果たして不公平あらんか、足下等愈々勉強して選に遇ひし者の上に出づることを志すべし。然るときは教員焉んぞ其の侭に為し置かんや。区々たる等級何ぞ争ふに足らん。且つ足下等己に学校に入りて道を学ぶ。我が身に反省することを求めずして、騒々しくも教師に逼り議論せんとするは悖れるの甚しきなり」と。不平の生徒之れを聞きて大いに悟るところあり、其の事を止めり。
一、 先生絶えて書画骨董の娯楽為し、其の未だ塾を建てざる前、杉の家に在りて諸生を教授せらるるや、壁間常に木原松桂老人の書きたる三余読書七生滅賊の一幅を掲げたるのみにて、他と取り換へらることなし。塾中には固より書幅の掲る所だになし。
一、 先生酒を飲まず、煙草を喫せず。一日門人と煙草の無用にして且つ害あることを論ず。是に於て高杉晋作等大いに感奮し、其の座に於て煙管を折り復た用ひず。又深く諸生を戒めて囲碁将棋等を禁ぜられき。
一、 先生最も婦人教育に熱心し、常に其の良書なきを憂ふ。時に先生の外叔父久保翁隠居して詩書筆礼を以て邑中の子弟を教授す。先生乃ち門人富永有隣をして曹大家の女誡七編を訳述せしめ、之れを翁に致して子女に授けしむ。
一、 先生毎に門人を諭して曰く、「凡そ学問は一に専らにして精通せんことを要す。決して雑駁に渉るべからず。晉の杜預が左氏伝に於ける、宋の司馬光が資治通鑑に於ける、本居宣長が古事記に於ける、皆畢生の心力を之れに尽せり。故に此の三氏は仮令他の書を読むも皆其の目的たる書の為めに為し、又他の著述あるも悉く其の余力に出づるのみ。故に其の説明確にして卓越なること後人の得て及ぶ所に非ず」と。又嘗て経史子集皆な武教全書〔先師の家学山鹿流の兵書なり〕の注釈なりと云はれたるも、蓋し又其の意なり。
一、 先生毎に門生に語りて曰く、「我れ深く弘法・日蓮等の行為を偉とす。蓋し彼れ等の奉ずる所の仏法を善とするに非ず、唯だ彼れ等は其の信ずる所の法を弘めんが為めには奈何なる艱難をも厭はず、又毫も死生を顧みず、其の勇膽剛気能く尋常人の企て及ぶ所に非ず。是を以て能く一宗を開き、長く後人の尊崇する所と為れり。総べて一業を成さんと欲する者は此の勇奮果敢なるべからず」と。
一、 先生常に諸生を諭すに毛遂の公等碌々人に依って事を成すの語を誦し、之れに加ふるに韓退之が伯夷頌の独立独行世の毀誉褒貶を顧みざる気魄なかるべからざるを以てせられたり。
一、 先生曾て予に謂ひて曰く、「子は冷泉古風大人の男なり、宜しく國学を修めて乃父の遺志を継ぐべし。然れども今の和学者なるものが頑固にして奇怪を説くは吾れの取らざる所なり。之れを矯むるには吾れに従ひて漢学を為すに如かず、博く学びて偏せざるこそ、学者の本領なれ」と。其の公平にして己が学派に異なる者を忌まざること此くの如し。
一、 先生曾て門生に語りて曰く、「支那の金聖歎が水滸伝を著はすや、百余の人を以て組み立てたり。我が邦の馬琴が八犬伝を著はすには僅か八名を以て編成せり、是れ馬琴の力優れる所なり」と。



一、 先生為永春水が著はす所のいろは文庫を読みて其の評を下せり。惜しいかな、今其の原稿を紛失せり。予唯だ其の一を記憶せり。曰く、「狂訓の狂、何ぞ以て訓と為すに足らん」と。〔春水は狂訓亭と称す〕是れ其の概評と見て可ならん。先生読書の該博にして、小説と雖も等閑に看過せざること此くの如し。
一、 友人馬島春海君、予の為めに語りて曰く、吾れ十六七歳の頃滝彌太郎氏と共に村塾に詣り、始めて先生に見え、束修を行ふ。曰く、「謹みて教授を乞ふ」。答へて曰く、「教授は能はざるも、君等と共に講究せん」と。巳にして去る。先生送りて昇降口に至る。吾れ等少年に対して其の謙虚なること此くの如し。越えて二日の夜、滝氏と塾に至り通鑑を会読す。巳にして寅鐘〔午前四時〕を報ず。先生曰く「今から寐るも無益なり。君等は詩を作るか、請ふ韻を分たん」と。時、窮陰に属す。各々巨燵に仰臥して詩を按ず。暫くして先生韻字本を取り、数次忽ちにして長篇を賦す。其の時を惜しみ且つ勉強せらるること此くの如しと。
一、 安政の頃、僧月性萩城に来り各寺に於て説教を為し、専ら尊皇攘夷の大義を講演す。先生予輩年少生徒をして行きて聴聞せしめ、以て志気を鼓舞せしむ。
一、 先生厳冬の候と雖も襦袢袷羽織の外他を襲用せられたる事なし。蓋し寒暑に身を馴らし、豫め事ある日を慮れるなり。
一、 先生諸生に諭して曰く、「書を読みて己が感ずる所は抄録して置くべし。今年の抄は明年の愚となり。明年の録は明後年の拙を覚ゆべし。是れ智識の上達する徴なり。且つ抄録は詩文を作るに、古事類例比喩を索引するに甚だ便利なり」と。之れに由りて門生皆先生に倣ひ、読書の際所感あれば紙を裂きて唾を以て本の上欄に貼附し、一冊を読み了る毎に別冊に抄録するを常と為せり。
一、 先生門人の梢々日本外史の如きを読むに至れば勉めて無點本を読ましむ。因って譬を設けて曰く、「夫れ盲者には勉めて自ら杖を突きて独歩せしむべし。常に人に手を引かれて行くときは終に独歩すること能はざるに至らん。今や無點本を読む者も初めの間は難を覚え読みを誤ることも有らん、然れども後日力を得ること甚だ多し」と。
一、 先生毎に論ずらく、人は到底忠孝両全なること能はずと。蓋し密かに察する所先生東北出遊に一跌し、海外航行に再跌し、常に父母兄弟に憂苦を被らしめたるに由るに非ざるか。然も先生の君國に大忠にして又其の名を後世に揚げ、以て父母を顕はすのみならず、兄弟親族の名誉をも揚げたるは実に忠孝両全なりと謂ふべし。
一、 予曾て之れを聞く。森田節斎翁嘗て曰く「吾が門下に於て及ばざる者三人あり、吉田寅次郎の膽其の一なり」と。
一、 予又曾て之れを聞く。先生壮年外出するに当たりて多く書籍を懐にせり。故に背章毎に左肩に偏す。又平素捻紙を以て髻を束ねりと。其の辺幅を飾らずして学問に精励なること概ね此くの如しと。
一、 先生門人に書を授くるに当り、中心孝子身を殺し節に殉ずる等の事に至るときは、満眼涙を含み、声を顫はし、甚しきは熱涙點々書に滴るに至る。是れを以て門人も亦自ら感動して流涕するに至る。亦逆臣君を窘(くるし)ますが如きに至れば目眦裂け、声大にして、怒髪逆立するものの如し、弟子亦自ら之れを悪むの情を発す。

一、 先生の國事に尽力せらるるには、天下の同志知己又は門人の各地に遊歴する者と、互に風説事情細大となく通報し之れを飛耳長目と題せる書冊に編纂せり。故に身一室を出ずして京坂江戸其の他各地の形勢を詳悉し、隨つて之れが画策を施さる。その飛耳長目は即ち今の新聞にこそ。
一、 先生の交際極めて廣し、敢へて異同を撰ばず。故に単に学者に止まらず、医師あり画家あり、武術家あり神官・僧侶あり農耕商に熱心又は熟達する者、凡そ一芸一能に秀でたる者は皆先生乃家に出入せざるはなく、遠隔の人は常に書信を以て往復せり。
一、 大津郡に烈婦登波なる者あり、千辛万苦して父及び夫並びに夫の弟妹四人の仇を報ず。蓋し登波は宮番と称する者にして往昔××××と伍を同じうす。先生其の卑しきも顧みず、招きて之れを家に致し、その節義を賞誉し、為めに其の伝を立つ。門人其の高義を感じ、各々競ひて登波を招き、或は之れを饗し、或は之れに物を贈り、或は之れが書を求むるに至る。
一、 先生獄を免されて其の父杉百合之助翁の家に錮せらる。後ち其の門人を教授することを許さる。依って其の家事を助くる為め米を白す。凡そ萩地方の米を舂く器は台柄と称し、中央に鳥居といふものあり、之れを持ちて體を扶く。搗者は鳥居の後方に在り、助手は前に立つ。先生鳥居の上に見台を拵へ、門人をして助手と為し書を授く。予も數々助手となりて大日本史を授かりたり。[助手は要せざるもあり、先生一人の時と雖も読書せらるるは勿論なり]
一、 杉の邸内に畑多し、春夏の交先生出でて草を除く。門人も亦従ひて之れを助く。先生草を除きつつ読書の方法又は歴史の談話を為す。門人愉快に勝へず、之れを楽しみとす。
一、 先生の詩文稿抄録等は半紙十行二十字の藍色の竪横罫版を用ふ。此の板は僧月性の贈る所なり。門人も亦之れに倣(なら)ふ。由って先生の用ふる所は固より門人自身のものも罫版を摺ることは皆門人之れを為す。其の当時は罫紙を売るもの無し。今は至る所之れあるは学生の幸福と謂ふべし。
一、 曾て塾の狭隘を感じ新たに一棟を増築す。大体は大工の作に係ると雖も、壁を塗り坐板を釘する等のことは門人集まりて之れを為せり。
一、 村塾に寄宿する生徒は交番して飯を炊き調理を為す。薪炭の如きも皆自身市に行きて購求す。今の書生賄いを命じ坐して薪炭を取寄するが如きことなし。
 右の外先生の嘉言(かげん)善行枚挙(まいきょ)に遑(いとま)あらずと雖も、多くは先生の伝及び先生の著作中に詳かなれば、今皆之れを省略す。
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