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「松下村塾」の「塾舎」模築のこと
【2011/04/26 20:39】 エッセイ
吉田松陰研究者として名高い海原徹先生が『エピソードでつづる吉田松陰』という本を書いている。奥様の幸子様と共著になっているが、吉田松陰のみならず、史蹟を訪ねるのに「内助の功」を頂き、相協力しあっての著作だそうだ。

それはさておき、掲題の説明を先生の著述に従って下記します。
全国に六つもの「松下村塾」の塾舎が模して築造されている。
松下村塾24.4.25


1、東京 世田谷 松陰神社の境内にある。ついでに、松陰の著作が洛陽の紙価を高める名著となった『吉田松陰』を書いたご縁から、徳富蘇峰の筆になる碑もある。神社の奥には松陰の墓や頼樹三郎、小林民部等のお墓もある。ついでに、日露戦争当時の首相だった桂太郎は、遺言で尊敬する松陰の近くに墓を希望したので、隣接地に大きな墓がある。

2、東京 町田市 玉川大学構内。これは、学園創立者の小原國芳が松陰ファンだったことによると言われている。従って、小田急線沿線に二つともあることになる。

3、山口県 徳山大学。この大学は昭和40年代に創立された、純戦後派の大学である。この塾舎は徳山大学のシンボルともなっているという。厚木市にある松蔭大学では毎年10月に明治神宮から靖国神社まで「吉田松陰成仁ウォーク」を実施しているが、最初の時は、この徳山大学の方も参加している。

4、山口県立・奈古高校。山口県阿武郡阿武町だから、萩市の東北に位置するのかな。松陰精神も教育を目指したところから建造されたようである。二代目校長の山本明治さんが陣頭指揮をとり、松陰が門下生たちと共同作業で増築した故事に倣って、全校生徒が建築に協力したという。

5、秋田県立大舘鳳鳴高校。平成23年春の選抜高校野球に21世紀枠で出場した高校で、この学校の卒業生になる竹村吉右衛門が吉田松陰を尊敬し、自分で作ったのを遺言で、高校に寄付した経緯がある。卒業生で組織している校友会で運営管理は高校が行っているようである。私は、昨年松陰没後150年記念の「私の志」作文募集を山口県教育会が企画したので、この高校の校長先生に、応募願いの手紙を書いたら、竹村翁の関係書類をご丁寧に送付してもらった。松下村塾の写真の絵葉書もある。

6、山口県周南市の山口放送の前庭。これは山口放送の社長であった野村幸佑が、山口県教育会の会長もつとめ、松陰精神を企業教育として、社員研修の場で活用しているそうである。郷土の偉人を称える意味もあるようだ。また、松陰研究で多くの業績を残された玖村敏雄先生も、山口銀行の新入社員研修で講話を行っており、それが非売品ながら山口銀行の職員(行員)が読めるように、厚生会がそれを刊行している。

以上、萩の「松下村塾」を模築した六つの「松下村塾」の話である。
松下村塾3
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