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『文政十年の詔』補足としての「歴代将軍官位」
【2011/05/04 06:30】 エッセイ
徳川十一代将軍「徳川家斉」が朝廷から太政大臣の位階を受けるにあたって、江戸城でこれを受けた。本来なら上京して京都でこの栄誉を拝受すべきであるのに、それをしなかった。幼児に父親の杉百合之助が、この家斉の不遜な態度を憤っていたことを聞かされていた松陰は忘れていなかった。
徳川家斉24.5.9


安政六年五月、幕府からの江戸呼び出しに対し、萩には生きて戻れぬ覚悟で父親に対して贈った漢詩に「耳には存す文政十年の詔、口には熟す秋洲一首の文」(『家大人に別れ奉る』全集第九巻565頁:東行前日記)とあるのを、以前に書いた。これを十五代の歴代将軍の官位を記してみると、家斉が特別な栄誉をうけたことが解かる。

第一代   徳川家康  従一位  太政大臣  左大将
第二代   徳川秀忠  従一位  太政大臣  右大将
第三代   徳川家光  従一位  左大臣   右大将
第四代   徳川家綱  従一位  右大臣   右大将
第五代   徳川綱吉  正二位  右大臣   右大将
第六代   徳川家宣  正二位  内大臣   右大将
第七代   徳川家継  正二位  内大臣   右大将
第八代   徳川吉宗  従一位  右大臣   右大将
第九代   徳川家重  従一位  右大臣   右大将
第十代   徳川家治  従一位  右大臣   右大将
第十一代  徳川家斉  従一位  太政大臣  右大将
第十二代  徳川家慶  従一位  左大臣   右大将
第十三代  徳川家定  正二位  内大臣   右大将
第十四代  徳川家茂  従一位  右大臣   右大将
第十五代  徳川慶喜  正二位  内大臣   右大将 

此れをみると、覇権確立の功労者、家康と秀忠以外で「太政大臣」という、最高位に就いたのは家斉だけであることが解かる。三代家光からは実質的には称号優先的な「将軍職」であり、八代の吉宗以外は将軍職として実績を挙げたのは皆無に近い。
三代の家光以後は上洛していない。それも原因の一つであろうが、十四代の家茂は、政治情勢に追い込まれた形での上洛で、家光の時の権威に満ちたものとは内容も異なる。将軍職の権威が大きかったのも三代家光までで、以後は大老や側用人などが「将軍の威信」を背景に幕府政治を取り仕切ったのであった。家綱、家宣、家継、家重、家定などの功績はあまり知られていな。家茂に至っては「歴史に翻弄された」将軍で、傀儡であった。
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