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品川思父に與ふ
【2011/05/05 22:21】 エッセイ
松陰は15歳で松下村塾にきた品川彌二郎を彌二、彌二と呼んで可愛がった。反面、彼が塾を何日か続けて休んだことがあった。この時は、歩いても、ほんの2~3分なのにわざわざ手紙を書いている。この手紙を読んで出てこないなら、もう君は友人ではないと、厳しく接している。

反省した品川は、再度塾にて学ぶことになる。以心伝心なのか、明治になって内務大臣にまで出世した品川は、「尊攘堂」を建てて松陰の遺品の保存に尽くす。
品川彌二郎24.3.25

現在京都大学の構内にそれがある。ここには、例の「吉田松陰自賛肖像画」の「品川家本」も蔵している。近年、明治神宮で明治維新に因んだ文化催事の展示会があったが、この時この「品川家本」が展示されていた。残念ながら撮影禁止のため、写真に撮れなかった。



逢ふ事は是れやかぎりの旅なるか世に限りなき恨なるらん
 是れ私情に出でば、思父は婦人なるのみ、何ぞ言ふに足らん。然れども思父は決して然らず。但し子遠の如く之れを言ひて詳かに悉(つく)すこと能はず。是れ所謂、思父は情ありて辞なきのみ。

何となく聞けば涙の落つるなりいづれの時か恥を雪がん
 一の涙、反って恥の字より出づ、是も妙。此の志眞箇(まことに)愛すべし、豈に泣かざるを得んや。
思父は情ありて辞なし。別れに臨みて能く此の語を為す。知るべし、辞は情より出で、両途あるに非ざることを。辞は僅かに六十二字、情は千萬無量、然れども眞に此の辞を哀しむ者は吾れと子遠兄弟とのみ。故に手録して之れを寄す。       松陰

※思父=品川彌二郎の字。
※子遠=入江杉蔵

この品川にあてて書き残した別離のことばにも、松陰が可愛がっていた愛情がにじみでているように読める。明治22年、松陰の母、「たき」に、皇后陛下から下賜品を手渡すよう云われて涙ながらに受け取ったことを、松陰の兄梅太郎(明治以降は民治と改名)あてに書簡をかいている。このときの言葉は「彌二の心中お察しくださるべく候」と感極まった様子を正直に書いている。可愛がってくれた恩師にたいし、天皇家からの「下賜品」を受け取る品川の思いは、さぞかし感謝で満たされたことだろう。
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