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エッセイ (453)
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「吉田松陰の日本人としての誇り」
【2011/05/28 19:05】
エッセイ
吉田松陰の生涯を概観すると、日本人としての誇りを持つに至った理由がわかる。いくつか列挙してみよう。
(1) 幼児体験(天保年間初期)として、父親の杉百合之助による「青空学校」のことがある。これは、杉家が毛利藩の下級武士(無給通り)で家計が豊かでなかったことから、農耕の仕事の「場」で、父親から教育をうけたことが影響している。敬神家でもあった父から、四書五経と共に『神国由来』や『文政十年の詔』を口誦伝授された。安政六年の江戸送りの時、「耳には存す文政十年の詔」、「口には熟す秋洲の一首」と父親に別れを告げる書簡が遺されている。実際はこの予感通りの結果となり、最後の「安政の大獄」の犠牲者となってしまったのである。
(2)江戸での修業時代(嘉永年間)お国の人は日本史に暗い」と指摘されて冷や汗をかいたと述懐しているが、東北旅行で水戸に立ち寄り「会澤正志斎」から、後期水戸学を学ぶ。結果として過所手形の発行を待たずに出発の罰を受け謹慎中に、日本の古代史の勉強に猛烈に取り組み、日本書紀をはじめとした史書を読むことになる。
松陰の名語録の一つに「身皇国に生まれて皇国の皇国たる所以を知らずんば何を以て天地に立たん」。(睡餘事録)と、それまで「古事記」を「故事記」と書く程度の知識であったが、この勉強の結果、日本の成り立ちや「万世一系の天皇」の実態を識り、皇国の尊厳の認識が「松下村塾記」(安政三年)で「華夷の瓣」を主張するようになる。これは中華思想の日本版ともいえる。
(3)安政六年四月、佐久間象山の甥、北山安世にあてた書簡で「独立不羈三千年来の大日本、一朝人の羈縛を受くること血性ある者視るに忍ぶべけんや」という表現になって来る。また同じ月に門弟の野村和作宛ての書簡でも「只今の勢は大名に岳飛・韓世忠もなければ、一戦なしに墨夷に屈するなり。(中略)人は吾れを以て乱を好むとも云うべけれど、草莽崛起の豪傑ありて神州の墨夷の支配を受けぬ様にありたし。然れども他国人共崛起して吾が藩人虚空にして居るなり」。と表現されるようになって来る。皇統連綿として築き上げてきた大日本という「誇り」がそこにはあった。
(4)下田の密航に失敗して、江戸への護送途次に詠んだ歌、
「かくすれば、かくなるものと知りながら已むに已まれぬ大和魂」のように、日本男児の誇りを失わずに世界に伍して行こうという雄図を持ったのも、やはり日本の誇りがベースになっていると云えるだろう。因みに、松陰は「大和魂」を他の場面でも使っているが、昭和の軍閥がこれを一面的に重要視して、亡国の経験をしたのは我々もよく知るところである。神国思想が徒に独り歩きして、民の為に尽くすという「孟子」を学んで松陰が願ったものと異なる結果を招いたのは、松陰にとっても、我々にとっても不幸なことであった。戦後の松陰研究が比較的公平に、特別な英雄視されることがなくなったのは、この反省に立ってのことであろう。
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