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吉田松陰伝記(研究書)第三号の話
【2010/07/09 10:11】 エッセイ
徳富蘇峰著「吉田松陰」
吉田松陰を全国的に有名人にした「名著」の誉れ高い本です。歴代の松陰研究者が必ず真っ先に推薦する、定評ある「松陰伝」です。蘇峰の前に松陰なく、蘇峰の跡に松陰なしと言われるかのような高い評価を得て、松陰は勿論、著者の蘇峰までもが名声を博した本です。時に明治26年。
蘇峰の吉田松陰


自由国民社刊行版。今日まで、昭和11年刊行の玖村敏雄先生の「吉田松陰」(岩波書店刊行)と並ぶ、松陰伝の最高傑作であるとの不動の評価を得ています。
現在は「岩波文庫」で読むことが出来ます。因みに、私の手元にある文庫本は1981年11月16日第1刷発行、1984年5月16日第5刷発行です。文庫本ですから巻末に解説がついています。この解説が圧巻です。植手通有(うえてみちあり)さんが執筆しています。「洛陽の紙価を高める」と言うことばがありますが、この徳富蘇峰の「吉田松陰」は正しくこれに当ります。



中公新書の「徳富蘇峰」(米原謙著)でも以下のように最大級の評価が記されています。少し長い引用ですが、書いてみます。
『この本は蘇峰が書いた膨大な著書の中でも最高傑作のひとつであり、数多い松陰論のなかでも出色の作品と評価されている。名著は著者が自己の精神の緊張を表現し得たときにのみ、名著になるのだと思う、と。・・・「緒言」の冒頭で、この書が「維新革命前史論」と呼ぶべきものであると断っている。つまり松陰を描くことで「維新革命」の意味を問い直したのである。冒頭の表現によれば、松陰の生涯は「蹉跌の歴史」である。それは最終章(第二十)の次の叙述と呼応している。「彼は維新革命の大勢より生れ、その大勢に鉄鞭を加えたり。彼は鼓吹者なり、彼は先動者にあらず。彼は先動者なり、成功者にあらず」。松陰は「動乱の児」であり、その動乱の「急先鋒」となることで、維新という時代変革の象徴となった。松陰は「成功」でなく「蹉跌」によって、時代の要求を先駆的に体現した』。

勿論、解説者の植手通有さんも賛辞を惜しまずに書いています。それによると、『膨大な蘇峰の著作のなかでも、もっともよく出来たものであり、もっとも長く読み続けられるものであろう、また、日本人の手になる史論、ないし日本人を対象にした人物論の傑作を挙げるとするならば、それはまっ先に指を折るべきものの一つに違いない』と高い評価が下されている。
この二人の長い引用を敢えてしたのは、私一人の知識では勿体無いからです。
文庫本21頁の「家庭の児」の書き出しは心憎いばかりです。『長門は山陽の西陬(せいすう)に僻在す、而して萩城連山の陰(きた)を蔽い、渤海の衝に当る。その地海に背き山に面す、卑湿隠暗。城の東郊は則ち吾が松下(まつもと)村なり。松下の村たる、南は大川を帯ぶ、川源、渓間数十里、人能く窮(きわ)むるなし、蓋し平氏遺民の隠匿する処。・・・これ彼が自ら語れる故郷の光景なり。』との書き出し。これは安政3年に書いた有名な「松下村塾記」の書き出しであります。真に格調高い「建学宣言」であり、名文家松陰の面目躍如たるものがあり、これを読んで胸躍らせるのは私一人ではないと思います。思うに、この「松下村塾記」と「士規七則」を読まれる方は一気に松陰に魅せられてしまうことでしょう。これに続いて、松下村塾から「奇傑非常の人」を必ず輩出してみせると松陰は書いています。事実、この小さな辺鄙なところから維新の俊秀をはじめとして、多くの明治の国家指導者を輩出したのは松陰の宣言通りになりました。
徳富蘇峰の写真


しかし、蘇峰の「吉田松陰」は、このような高い評価を得たのですが、「革命家」としてのイメージが現状否定に繋がることや、維新の功労者や明治の指導者からすると心に引っかかり、無条件で「松陰先生」を礼賛する門下の方々からは、快くない印象となったようです。(具体的には乃木大将や野村靖内務大臣)そして、改版が刊行されます。時代が日清・日露の戦役で「帝国主義国家日本」への変貌と重なったこと、蘇峰自身が日清戦争後に欧米を巡歴して帝国主義の主導者へと変容したことから「松陰の国権的拡張」(昭和になって松陰の大陸進出論も他の礼賛者が出版)を是認する時代背景との関連があったようです。ただ、蘇峰の本心は改版(明治41年)を出すことは「心ならずも」のところがあったようです。従って、初版の方が断然評価が高いのです。
いずれにせよ、明治26年は徳富蘇峰の「吉田松陰」が刊行されたことで、松陰研究史にとってはエポックメーキングな年となった事は間違いないのです。
品川彌二郎像2012.3.28



この四年前には、門下生で松陰から大変可愛がられた品川彌二郎から松陰の兄・民冶宛てにこんな手紙が書かれています。涙腺を刺激するような書簡です。
『今朝十一時参内仕り候処、皇后陛下より御側近く召させられ、松陰の老母へ些少の品なれども遣はし度く候間、彌二郎より然るべく取計らひくれとの御言葉ありし故、御包(白縮緬壹疋)拝戴し「斯くの如き迄 大御心を掛けさせられ、松陰の母は申す迄もなく松陰も地下にて感泣致し候はん」と申し上げ、落涙して御前を退きたり。やじが心事御推察下さるべく候。右御品御送附方は庫三様へ談じ取計らひ申すべく候。何卒先師の御霊前にて北堂君(他人の母の敬称)へ御渡しあらんことを希望し奉り候。香川太夫よりの話には、當三月松陰ならびに御老母の事 皇后陛下に御話し相成り候後 <御料局長官拝命の時、松陰先師在世中の事色々と申上げたる事あり>、幾度も老母の事御話しに相成り、よき折あらば何か老人に遣はし度しと御沙汰之れあり、過日来品川が参内したれば知らせよとの事に付き先刻申上げ候処、直ちに御召に相成り候云々との事なり。実に先師の顔色、やじが眼にちらつき、先師の霊魂は皇城を擁護して居る心地致し、御前にて落涙に沈み、漸く前條記載の御禮丈け申上げたり。御推察御推察。嗚呼。』
明治二十二年十二月二十七日 御料局にて やじ拝   杉民冶様 (全集第十巻収載)
15歳で松陰に可愛がられて成長し、明治に内務大臣にまでなった品川彌二郎の松陰(一族)への感謝が実によく表されている書簡です。明治中期における吉田松陰の皇室での評価と相通じて蘇峰の吉田松陰が評価される一端でもあるように思われます。
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この記事に対するコメント
「この円高を何とかしろ!」との気持ちは充分に理解できます。
しかし、今の状況だと何をやってもムダでしょうね。もう打つ手がないのです。
いつもの閣僚の口先介入ほどみっともないものはありません。
あるエコノミストに言わせると、口先介入が効くのは、「こいつは何をしでかすか分からない、怖いヤツだ」と市場が警戒しているときだけ、今の日本は、首相も財務相も日銀総裁も、そういう怖さがないそうです。
それでは為替介入してはどうかですが、おそらく日本の単独介入では、「これぞ好機」とばかりにドルを売り浴びせられるのが落ちでしょうとのこと。米財務省に「ウチは聞いてないよ」と言われた瞬間に終わってしまう。少なくともアメリカ政府の内諾を得ておく必要があるけれども、今はそんなパイプは民主党の人脈にはない。
2003~04年の30兆円介入のときは、「小泉=ブッシュ関係」という暗黙の了解があり、政府と日銀と経済界の利害が完全に一致していました。今はそれがバラバラ。ということで、この円高はもう、どうしょうもないと思います。今の日本経済、何かやって、どうにかなるような段階はもう過ぎているようです。こんなときはじっと耐えるしかないのです。
【2010/08/16 10:56】 URL | S.M #- [編集]
平成の長老様 激励のコメントありがとうございます。まだまだ未熟で付け焼刃的です。いろいろご教示いただけるとありがたく思います。私自身はブログを作成できるほどパソコンに詳しくなく、友人の好意で開設いたしました。目下、二人三脚でやっています。将来の方向も暗中模索であります、良き導きの助言よろしく御願い致します。ありがとうございます。
【2010/07/16 09:43】 URL | 長谷川勤 #- [編集]
はじめて寄稿します。
長谷川さんはいつも精力的ですね。
このホームページは内容も豊富で歴史が好きな方ならきっと続けて読むでしょうね。
実はここのページで語られている史実は日本史では一番の盛り上がり、メインイベントです。日本人ならココに感動ですよ。もっと深く知りたい人も多いことでしょう。長谷川さんが吉田松陰に魅かれる理由がこのページを読むとよ~く分かります。
吉田松陰は「優しい」「まじめ」「実直」「努力家」です。長谷川さんも多分このタイプなのでしょうね。想像できます。どうぞこれからも続けてご活躍下さい。応援してます。
【2010/07/14 15:22】 URL | 平成の元老 #- [編集]
外資撤退、株価低落、税収不足、この不安定な日本の政治・財政を安定させるには薩長同盟しかないと思います。坂本龍馬に登場してもらわないと。本当は自民党にいたら与謝野さんなんかよかったんですけどね。
株価安定のためにも(小沢抜きの)民主党と自民党の大連立が今絶対必要です。
【2010/07/14 11:15】 URL | 団塊一男 #- [編集]
「当社の強さって何?」「他社にないものって何?」ということを認識しないと、横並びの競争になってしまいます。横並びの競争になると、価格競争以外ありえないのです。
日本企業が「負けてはならじ」と韓国メーカーや中国メーカーと競争するのはバカげています。
価格競争を彼らとしても絶対に勝つ事は出来ないからです。それは人権を無視したような人使いによる低賃金や若年人口が腐る程いる中国には敵わないからです。日本はもっと「質」に拘るべきだと思います。
日本の電力会社は高校野球中継時には電圧を上げたり、東京都水道局も今回のワールドカップに合わせハーフタイムのトイレ休憩時の水圧を上げたりしていると言います・・こんなデリケートな調整をしているそうです。
途上国にはこういった神経、ノウハウはないのです。だから月曜朝一斉に工場が稼動しだすと停電してしまう。
日本はまず、こういう事がない。だから日本では電力や水道の「質」が良いので料金は高いのは当たり前です。
東南アジア各国に進出した日本企業は「細部のこだわりを、いくら言っても工員に伝わらない」と不満があるようです。
新幹線は1分違わず予定時刻に駅に到着します。価値観の違いかも知れませんが彼らには納期に対する観念もまるでないです。だから、これからはちょっとばかりコストが安いからと中国で作るより、どうやって中国巨大市場で売るかを考えた方がいいのです。日本人の産み出す「質」は彼らには到底追いつけないノウハウなので、ここをポイントに売り込むべきだと思います。彼らはそれに憧れてもいるのですから・・・。
【2010/07/12 09:42】 URL | Y.N #- [編集]
これはまさに「風上インフレ、風下デフレ」と言われる通りの現象です。
全て中国の影響です。
中国がモノを作り過ぎるから原材料の値段が上がり、製品の値段が下がるのだと思います。
外貨準備高世界一の中国、為替を人為的に操作している中国、この国のバブルが弾けないと多分この現象は止まらないでしょうね。しかしこれに便乗しているのは実は日本です。
でも、為替を適正に市場原理に任せると中国の「日本買い」が始まり、技術のある日本の中小企業はみんな中国企業になっちゃう・・・というジレンマがあります。さあ、日本はどうする?
【2010/07/12 09:31】 URL | Y.N #- [編集]
このブログ中でだれか「松陰精神」でも書いていましたが、もう少し日本頑張ってよ~~~。この不況なんとかしれくれませんか。 景気が良くなっているとのニュースを聞くたびに「これは真っ赤なウソ」と思って自分を慰めています。
全体の売上が悪い中でも特に高いものは売れないし、そのくせ仕入れ値だけが上がっているんですよ。本当です。中小企業はもうボロボロです。
【2010/07/11 12:03】 URL | 一家心中予備軍 #- [編集]

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