長谷川勤のインフォメーション・ブログ
維新の先覚者「吉田松陰」研究のやさしい入門ブログ

プロフィール ×

kinnhase

Author:kinnhase
長谷川勤のインフォメーション・ブログへようこそ!


最新記事 ×

最新コメント ×

最新トラックバック ×

月別アーカイブ ×

カテゴリ ×

『日本思想史大系』のおかしな解説文
【2012/03/29 22:39】 エッセイ
『日本思想史大系』第54『吉田松陰』

1978年11月22日に刊行された、【岩波書店】日本思想史大系第54は『吉田松陰』を取り扱っている。
次の第55は一巻の中に「渡邊崋山」「高野長英」「佐久間象山」「横井小楠」「橋本左内」の5人が収載されている。

この吉田松陰が、独立した一巻で収載していることについて、この解説・・・・・・「書目選定理由」を書いた藤田省三なる人物が、特殊で、失礼な解説文を書いている。サブタイトルとして「―松陰の精神史的意味に関する一考察―」としてある。
吉田松陰の精神24.3.25

このシリーズは67巻で構成、古代から近現代に至るまでの、いわば「日本思想史」とでもいうべき企画で刊行されているものである。
この一部を転記して紹介する前に、学者・研究者の「植手通有」さんが『徳富蘇峰』の『吉田松陰』 (岩波書店)の解説で藤田省三の解説文を、苦笑交じりに、次のように紹介・批評?していることも申し添えておきたい。

吉田松陰蘇峰著24.3.31


【この論文はそれほど長くなく、ある意味では読者に不親切―むしろ故らに不親切に書こうとしたよう― なものであるが、蘇峰を乗り超えた最初の松陰論と言えよう。】(徳富蘇峰著、吉田松陰<岩波文庫279頁>

この藤田省三なる唯物史観に凝り固まった人物の解説批評を、本心では卑下しながら、表向きは百歩譲って謙譲・遠慮がちに書いている。確かに読んでみると、それなりに説得力はある。

しかし、天下の岩波書店のスケールの大きな日本の思想史刊行の解説として、これほど不親切な解説はないであろう。

下記の解説文を読めばわかるが、本人は「いやいやながら」とわざわざ断ったうえで、こういう馬鹿な解説を書くから、マルクス主義史観(唯物史観)は、半分は宗教かぶれと揶揄されるのだ。
嫌なら、辞退すればよいのに、それもしない。こういう人物を「ひねくれ者」という。読者に対して、どれほど失礼にあたるか、その礼節を弁えていないのである。しかし、反面、歴史を見る目を、異なった観点から剔抉した功績はあるものの、真剣に読む前に、「何だ!この解説は?」と思うのは、常識ある人ならだれでもこういった感情を抱かざるをえないであろう。
「岩波書店」という、日本のもっとも先覚的な出版業務を行っている会社は、公器である。少なくとも近現代の日本文化に大きく寄与していることは、誰もが首肯し得るものであろう。

みたまえ、近代のインテリと自称、他称する歴史家のマルクスかぶれの手前勝手な理屈と論理を。政権の座にある権力機構が、搾取したという論理でしか歴史を見られない疑似宗教的な観念論のみを「信仰」?して、被搾取階級の悲哀をことさら膨大に主張しているではないか!
出来るだけ教条主義的な見方を拝して、現実を見る歴史観を我々は持ちたい。
吉田松陰銅像24.3.25


さて、本題の転記と紹介に移ろう。掲題の本の597頁に、植手通有さんのいうその不親切な解説が収載されている。

『この限られた叢書の全体の配分の中で、吉田松陰が単独で一冊を占めるのが妥当であるかどうかについては、私自身はいくらかの疑問を持っている。

例えば「渡邊崋山、高野長英、佐久間象山、横井小楠、橋本左内」の五人が一冊に封入されていることと考え合わせただけでも小首をかしげざるをえないものがある。

もし、思想史的真理についてもアリストテレスのいう「配分主義」が考慮されるべきだとすれば、一個の問題がこの配分方法の中に伏在していることは疑いえないであろう。

しかし、その問題の何たるかを明らかにすることは、配分について関与していない私ののなすべき課題ではない。いわんや、今日の文化的状況の中で松陰の巻を担当するについて、終始、消極的であった私としては、そういう問題にまで立ち入って解明しようとする程の熱意を示す必要はないであろう。

今は一つだけ言えば足りるのである。すなわち「吉田松陰」の知名度の名は他の歴史的人物の名を押し除けるほどの知名度を持っているということである。

もし日本史上の人物について投票が行われるなら、松陰は最高点を争うものとなるであろう。・・・・・・まことに松陰は右からも左からも高い人気を得ている。右翼は彼の「尊王攘夷」のナショナリズムに共感し、左翼は彼の変革への情熱に敬意を惜しまない。それ以外の人々も又松陰の純真さに愛着と同情を示さずにはおれない。・・・・・・けれども吉田松陰は古典的な意味では決して「思想家」ではなかった。

或る人の作品が独立してどんな時代に対しても一定の普遍的意味を持っていることを「思想家」の要件であるとするならば、松陰は思想家とは言い難い。彼にはそういう作品がないだけでなく、そういう作品を生み出すための精神的基礎が - 「世界に対する徹底的な考察的態度」が - 恐らく欠けていたのである。・・・・・・松陰は考察の人ではなくて行動の人であり、構成のひとでなくて気概の人であり、全てのものについて距離を維持することに不得意であって状況の真只中に突入していくことを得意とした人であった。
したがって彼の書くものは、体系的な著作ではなくて、彼の目指す当面の方針であり、状況に対する彼の反応であり、人々への説得であり忠告であり、総じて尽く彼自身の精神状況と行動様式を直接的に物語るものなのである。

その意味で,彼には主著なるものはない。・・・・・・彼の歴史は失敗の歴史であった。
その失敗をその失敗に現場で書き記しているのが彼の文章である。だからこそ、そこには臨場感が満ち溢れており、それだからこそ読み進んで終幕近くの緊迫した場面に至るとき或る種の深い感動をもたらすのである。

松陰には主著はなく、彼の短い生涯そのものが彼の唯一つの主著なのであった。』 と、このように記述されている。
松陰の似顔絵24.3.31
岩波書店ともあろうものが、どうしてこんな学者?だか何だか知らないが、おかしな人物に解説をかかせたものである。
おそらく、この編集者は岩波書店内の人事異動で責任をとらされ左遷されて、中途退社を余儀なくされただろうと察せられるのである。
およそ唯物史観なるものは、こんな程度なのである。

見たまえ、マルクスの云ったこと、考えたことを金科玉条のごとくに、むやみに有難がって信仰?しているのである。資本主義が悪いといって、革命こそ人類に理想を齎すものであるという論理構成なのだ。

「旧ソ連」の「社会主義國家」が70年の生涯?を以て失敗を証明した。なぜか? 人為的に國家を造ろうとすると、平等を目指していながら、一部の特権階級が国家を牛耳る結果は、ソ連のみならず「中華人民共和国」でも同様であることは、今日ではほとんどの人が知っている。
マルクス24.4.23

裏では、権力闘争に明け暮れして、表面上は一党独裁ながら「全人代」の名のもとに体裁を取り繕っているのだ。
所詮、人間のやることであるから、マルクス主義の実践と言ってもそんなものなのである。

藤田省三なる人物は、「ソ連」か「中国」にでも行って、国籍を取得して、存分に活躍してもらいたい。一党独裁の下で・・・・・・。
関連記事
スポンサーサイト


この記事に対するコメント

この記事に対するコメントの投稿














管理者にだけ表示を許可する


この記事に対するトラックバック
トラックバックURL
http://kinnhase.blog119.fc2.com/tb.php/182-f96fd27b
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)


サイドメニュー ×
メニューA  メニューB

検索フォーム ×

RSSリンクの表示 ×

リンク ×
このブログをリンクに追加する

ブロとも申請フォーム ×

この人とブロともになる


QRコード ×
QR