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『流れる星は生きている』
【2012/05/14 17:19】 エッセイ
『流れる星は生きている』中公文庫)
流れる星は生きている


昭和20年8月9日夜、10時半、「新京(北満州)」の、「藤原てい」夫婦の住む官舎の玄関に急を告げるためのドアが激しくたたかれた。応対した、夫(作家・新田次郎)は役所へ呼ばれて出掛けた。帰ってきて告げた内容は、翌朝1時半までに「新京駅(北満州)」全員集合せよとの命令であった。

「日本人は新京駅から全員逃げよ!」とのことであった。
不吉な予感は、現実のものとなった。この日、ソ連が不可侵条約を、一方的に破棄することを通告、対日宣戦に参加した日である。

このような書き出しで始まる掲題の『流れる星は生きている』(中公文庫)という物語の辛い悲話が、その後の「生死を彷徨い」辛酸をなめ尽くす「逃避行」のはじまりとなる。
此の時、著者「藤原てい」は夫との間に、長男正広が六歳、二男の正彦(国家の品格の著者)が三歳、長女の咲子は生後1か月の乳飲み子であった。汽車(無蓋車)に乗るも、平壌まで行けない。
奉天を通って、鴨緑江を渡り、平壌の北西に位置する「宣川」まで、南下して、そこにある小学校舎に暫定的に集団で避難生活を送ることになる。ここは、今でいうと、平壌の西北100キロくらい?の所にあるようだ。

つい先日までの平和な生活から、敗戦によって一挙に地獄のどん底に突き落とされた境遇に、一変してしまう。この難行苦行の逃避行は、日本人を一定数の団に分けさせて、共同生活をし、引揚の機会を待つ。この間の苦難の母子の生きる姿は、涙なくしては読めない。
飢えと凍りつく寒さの中での1年間の困難な生活場面が、団体生活の猜疑心や意地悪、利己主義丸出しの人間模様とともに描き出される。ここで夫と強制的に別離を余儀なくされる。この団のメンバーで45歳以下の男子は苦力に強制的に連行され、捕虜となる。老人と女子供の家族だけを残して・・・・・・。
昭和20年8月15日の「日本の敗戦」が、正式に避難民に告げられ、不安と恐怖の入り混じった戦後処理への苦難の「敗者の逃避行」となった。昨日までの統治者としての日本及び日本人が、「侵略の犯罪者」とされて、それまでと180度反対の生き方を余儀なくされ、それからの祖国への引揚のための、悲しく、辛い、困窮した生活が続く体験記である。

家族は引き裂かれ、女子供と老人が、力を合わせて生き延びようとする、命がけの日々を筆舌に尽くしがたい苦労(将に地獄)をしながら乗り越える、感動の物語である。
藤原てい

「母は強し」と言われるとおりの、難行苦行の生活体験と、生きて祖国へ帰ろうとの執念が生々しく綴られる。

私の友人が『満州引揚哀史』を、5年ほど前に出版したものを読んでいたので、ある程度その実態を知っていたが、あまりにも生々しすぎてしばしば読むのをやめた。
この本は、敗戦国の国民の「逃避行の体験記」であり、「生死を賭けた」生き延びんとする戦いの物語である。

昭和21年生まれの私は、この物語の主人公が悪戦苦闘している最中に、川崎から群馬の田舎(実家)に帰郷していたことになる。
私の姉や兄は、これに近い思いで母や父に連れられて帰ってきたのであろう。

昭和21年8月1日に「宣川」で、飢えと寒さの困難と戦いながら生延びて、「平壌」経由で「開城」までの歩行による逃避行に苦しんでいた頃に、私の生命が始まったかと思うと、とても他人事とは思えないのである。

途中まで読み進むと、感極まって感泣してしまう。辛くて読み続けられないのである。
そうして、終章の項を先走って読まないと安心できないのである。精根尽き果てて「上諏訪」の駅で家族と再会し、子供の命を守り抜いた使命を果たして消え失せていくように記憶が途切れるところでこの物語は終わる。

然し「開城」までの、歩行による逃避行は、読む者をして泣かされてしまう。他人の命に構っていられない、ぎりぎりの命がけの姿は子供が小さく、また乳飲み子を背負って生きる「母親としての藤原てい」の執念に感動せずに
はいられない。
藤原正彦、国家の品格


事実は小説よりも奇なりとは、本当にあるのだ。
素晴らしい本に出逢えて大変感動した。読了まで何回涙を流したことか。
多くの日本人に読んで貰いたい思いが、大変強く、また印象的である。

主人公の藤原ていさん、長男の正広さん、二男の正彦さん、長女の咲子さん、生延びられて本当によかったね。咲子さんは、あと一日遅かったら、命が危ない状態だったように描かれている。65才になって、これほど泣かされ、感動出来た本に出逢えたことに感謝!

この「母の生き延びる努力」がなければ、後年の『国家の品格』は当然書かれることはなかった。
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