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「知行合一の建学精神と吉田松陰」
【2010/05/01 13:58】 エッセイ
知行合一
2010.05
松蔭大学 吉田松陰教育研究センター
(1)はじめに
本学は「松蔭学園」と呼称し、その建学精神に「知行合一」を掲げている。松蔭の名称を標榜する限り、学園内の教職員、学生はもとより、学内外へ発信する典拠としての吉田松陰の言葉、乃至は著作中の出典を確認することが必要と思われる。どうして建学精神が「知行合一」なのか?また「吉田松陰」なのか?この根幹部分を明確にしておく必要があると思われる。
松蔭大学②24.4.22

(2)「知行合一」について
周知の如く、「知行合一」なる標語は中国明代の思想家でもある「王陽明」の提唱した説である。
王陽明・傅習録


その『伝習録』には次のように記されている。「抑々知っている以上、それは必ず行いに顕われるものだ。知っていながら行わないと云うのは、要するに知らないということだ」(世界の名著、中央公論社 朱子、王陽明327頁)と。松陰は嘉永三年に鎮西遊学で、陽明学者でもあった葉山左内を平戸に訪ねている。そこで『伝習録』に出会い(吉田松陰全集第9巻36頁)、それが松陰の人生観に大きく影響を及ぼしたと考えられる。また、松下村塾の愛弟子でもあった入江九一への安政6年1月の書簡でも次のように記している。「吾れかつて王陽明の伝習録を読み、頗る味あるを覚ゆ。・・・然れども吾れ専ら陽明学のみを修むるに非ず、ただその学の真、往々吾が真と会ふのみ」と。
(3)松陰は、山鹿流兵学を家学とする叔父の吉田家に5歳の時に養子となった。幼時の教育は叔父の玉木文之進や山田宇衛門、林真人らであったが、山鹿流は儒学や国学との混成になる士道論であった。松陰の儒学は特に孟子との取り組みが顕著であり、それは彼の座右の銘とした「至誠而不動者未之有也」(孟子、離婁上12)であった。王陽明は孟子の系譜に連なる儒家であるが、松陰の大著「講孟余話」でも「知は行の本たり。行は知の實たり。二つの者固より相倚りて離れず。誠は知行の自ら誠なるなり。誠を思ふは知行の誠ならんことを思ふなり。此の義、学庸を熟読せば自ら明かなり」(全集3巻156頁)、或いは「王陽明の知行合一の説、固より自ら當る所ありと云えども・・・行を以て重しとせざることを得ず。是れ学を主として行を廃する者の誡とすべし・・・故に知行二つにして一つ、而して先後亦相俟ちて済すことあるなり」(同上18頁)と言っている。


(4)松陰の著作に「士規七則」と「松下村塾記」とがあるが、その「士規七則」に云う。
士規七則24.3.25

「人の人たる所以は忠孝を本となす」と。そして、「志を立てて以て万事の源となす」(全集2巻、309頁)と立志の重要性を説いている。士道、人の倫、がこの著述に込められている。さらに、「松下村塾記」では「学は人たる所以を学ぶなり・・・抑々人の最も重しとする所のものは、君臣の義なり。国の最も大なりとする所のものは華夷の弁なり・・・」(野山獄文稿:同上436頁)と説いているのである。ここに、松陰の人生観、学問観を見ることが出来るのである。松陰精神を理解する著作はこのほかに、「幽囚録」(安政元年冬)や「講孟余話」(安政二、三年)がある。何れも、獄中での困難な状況下での学問に努めた成果であり、松陰の思想や人となりを知る上での重要な著作である。
(5)上記のように、吉田松陰は孟子をつとめて学び、儒学や敬神家の好学家風のなかで人間形成をした。陽明の説く「良心」の主観的な完全燃焼こそ松陰の真骨頂であった。二十一回猛士の号は、彼の人生における行動の原点を云ったものである。安政元年の「下田踏海」時からは護国の尊王精神をして、開国から夷狄への攘夷思想へと変容した。渡航計画の挫折は獄囚の身となるが、そこでの「福堂策」は獄中教育に結実し、免獄後は幽囚の身ながら親族への講義が発展して近隣の子弟教育たる「松下村塾」での教育活動となった。百名に満たない門下生の半数近くが、国事行為へと駆り立てる教育効果を及ぼした。幕末期の長州藩の活躍は周知の通り。明治維新以降の5大臣を始めとして教育界、産業界にも幾多の俊秀を輩出した。
(6)この教育成果や、松陰精神を学ぶことを念願としたのが本学の建学精神または理念である。松下村塾における松陰は、門下生を同志として共に学ぶことを主眼とした。これらは松陰の「万巻の書を読むに非ざるよりは、寧んぞ千秋の人たるを得ん」(松陰詩稿:全集6巻145頁)と塾生に学問の奨励をし、自ら野山獄中での膨大な読書量に裏付けられた学問の実践とともに門下生を指導したのであった。松陰の指導は日本的自覚に立って、門下生と共に学問に励み、かつ国難に立ち向かう実践となったのであるが、門下生への感化力こそ松下村塾における教育実践である。実践の伴わない学問を排して立志と実行を常に掲げて、至誠をもって生き抜こうとする中に松陰精神を学ぶ意味があると思われる。

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この記事に対するコメント
「けんご」様
コメント、ありがとうございます。
少ない言語の中に、私の言わんとすることを受け容れて下さっているのがよくわかるように思えました。
今日(2011.7.17)も、有志の勉強会で「松陰の草莽崛起論」を講話して来ました。「90分」にわたって、精一杯説明をしてきました。聴いてくれた方々が、そんなに深い意味が含まれているとは知らなかったと言ってくれました。29歳2か月の松陰の生涯は、主観の完全燃焼でしたし、「大義」に殉じて、個(自分)の生命を超越した生涯でした。こんな人生を送った松陰の人生に、今の時代の人々は、驚嘆します。特に、日本国の将来を憂える方々には、現状の国会議員の生き方は、大いに不満足であり、今こそ松陰に学べと、異口同音に言われていました。政治家不在で、政治屋ばかりと憤慨していましたが、私も共感を覚えました。
「この、閉塞した日本の難局突破口はどこにあるのか?」自問自答するばかりです。
【2011/07/17 22:32】 URL | 長谷川 #- [編集]
 
めっちゃ分かりやすくていい
【2011/07/07 11:10】 URL | けんご #- [編集]
よい経営者は「もっと働いてくれ」と言わずとも労働者が働かずにおれない状況を作る。
よい労働者は「賃金を上げてくれ」と言わずとも経営者に上げざるを得ない仕事をする。
昔のよい町工場ではこうであった。
よく言われる「人件費」を「コスト」と見るか、「人材」と見るかである。「コスト」として見る部分もあるが、同時に「人材」は富を生み出す「宝」と見れば、人は不況でもある程度採用していかなければならないし、むやみにリストラするのは間違いでもある。人を活かしてこそ「人材」になり「宝」になる。
吉田松陰ならこう言うだろうな。
【2010/06/16 15:57】 URL | 吉田松陰信奉者 #- [編集]
今、日本は精神漂流の状況になっている。

何故こうなってしまったのか。敗戦によって日本はゼロの状態になった。
ここから這い上がって高度経済成長を実現し、世界でも有数な豊かな国家を、我々の先輩達は築き上げた。
目の前の物質的・科学的目標に邁進していれば良かったのだ。

 しかし、その結果我々には何が残ったのであろうか。
残念ながら、精神的にどうしても満たされない、親子が殺し合うとんでもない社会が、
回りに蔓延っている。

何故こうなったのか。こんなことの為に我々は努力してきたのか。

そうではない。
もう一度、日本社会を再構築する時がきたのだ。
皆でもう一度本来あるべき日本社会を築き上げようではないか。
地球の一員・世界の同朋として、やり直せばよいのだ。

家族の絆、友人同士の心からの会話、企業社会での生き甲斐・働き甲斐の再発見。
倫理観に満ち溢れた、気持ちのいい、日本を作りたいものだ。

 この大目標の為に、本物の日本精神の発掘・発見が求められている。
自分の人生を見つめ直し、生き甲斐の創出の為に、
日本人としての根幹を、学ぶ時が来たのだ。
そうすれば、精神漂流の状況から少しでも、抜け出すことが出来るだろう。

 そう思って、先人の生き様を見つめる時、有り難くも、その偉大な一人として
『吉田松陰』がいたのではないか。

 今、謙虚に時代を、自分を、社会を見つめ直そうとする時、この愚直なまでに、
自分と戦い、時代と正面から戦った吉田松陰に学ぶことは、
日本人としてのアイデンティティーを発見するためにも、王道なのではないだろうか。

 これから自分なりに『吉田松陰』を少しでも学び、生きる糧として行きたいものだ。
  
                                                    上野光一                
【2010/06/12 09:53】 URL | 上野 光一 #- [編集]
近頃わが社でも一時の「能力主義」が見直されつつあるようです。
最近の若者は意外と「社員旅行」や「社内飲み会」に行きたいそうです。
つい、この前までは「年功序列ではなく、能力主義」、「若手抜擢」「集団主義は嫌い、個人主義が一番いい」と言われ、恰も全てが従来の日本型システムが古くさくなったかのようでした。
会社の従来型上司はこんな個性的な部下の扱いにも困っていたのです。
いわゆる能力があり、若くても直ぐ戦力になる人間を高く評価する風潮だったからです。
思い起こせば・・20数年前の話です。
かつて私が30人の販売員の担当課長だった時の話です。
誰がやっても巧く出来ない地域の担当になったのです。
橋にも棒にもかからないような人達を前任者から引き継ぎました。
学生時代は勉強もまともにしていない、だから褒められた事もない、成人してからは個性が強すぎて離婚などを経験した人達でした。募集してもそういう人達しか集まらなかったのです。そんな中、なんとかコンペジターに勝つ方法がないか、この人達を活かす方法がないか・・と思案しましたが、考えれば考える程、この戦力ではとても無理・・・と悲観的になるばかりでした。ある日、今度は180度前向きに考える事にしてみました。
札付きのワルの販売員達を一人ひとり注意深く、長所だけを見ていくと、みんなそれぞれ個性があり、良いところを持っているのを発見しました。口は悪いが本当は優しく納得したらどんどん突き進む人、大人しくてデリケートだけど凄い理論好きな人、自分からはしゃべらないけど、いろいろ尋ねると溜まっているものを吐き出すようにしゃべる人、文句ばかり言って他人から嫌われているが、本当は優しくして貰いたい人・・・こういう人達を単に売上実績数字だけで評価するのは間違いだと気づき始めました。
一般的には売上を上げるには賃金を上げるなどの労働条件を良くする・・いろいろな方法があります。
しかし、最終的に人は、「自分を認めて欲しい」というのが結論だと思うようになりました。
「ブタもおだてりゃ・・・」ではありませんが、よくやった時には褒めてあげる。
売上が目標に達しなかった時、仲間として、また我々の家族の一員として
共にどうしたらいいのか一緒に考える。何か困っている事はないか聞いてあげる。
そういうハート・トゥ・ハートな触れ合いがとても重要だと気づいたのです。
自宅へ呼んで家族で一緒に食事をした事もありました。問題児を抱えた社員の子供を何日も預かった事もありました。そうした付き合いの中で、売上実績、前年を大幅に越えた予算を組まざるを得なくなりました。数字を与えるだけだと、普通はブーイングです。前年彼らなりにあんなに頑張って作った数字をどうしてこんなに多いのだと、とても無理だ・・・と。
でも目標の予算額の根拠をよく説明し、課長の私はどう考えているか・・をお話したところ、「課長のためなら頑張る」という人達が出てきました。みんなが一生懸命やった結果、絶対出来ないと思われていた数字が出来たのです。回りからは物凄い驚きでした。
古くからの日本型経営、「こいつの為にオレの出来る事全てを教えてやろう」と思える部下、「この人の為なら死ぬ気で頑張ろう」と思える上司、こういう上下関係です。
これは数値や言葉では顕せられない、非常にメンタルな隠れた底力のパワーだと思うのです。
いつリストラにあうかも知れない中、欧米式の部下を単なる道具、駒、そんなふうに考えていては、褒める事は出来ませんし、上司が部下に敬意を払わない限り、部下を支える事もできません。
日本的経営の良さでは、会社で部下を育てるには褒める事が重要なポイントです。やった事に対して認めてやる・・・それだけで価値のあるインフォメーションとなり得るのです。
ある心理学の研究によると、一人きりで全ての困難に果敢に挑もうとする人はストレスに非常に弱いのだそうです。しかし「オレも一緒にやるから頑張ろう!」と言ってくれる人がいるだけで、さまざまな力が湧いてくるとの事です。
吉田松陰は将にこれを実践した人です。尊敬出来る先生や上司を持つ事は幸せです。
この停滞した日本の教育界、経済界、もう一度、吉田松陰を勉強してみる価値があると私は思うのです。
【2010/06/08 21:33】 URL | Y.N #- [編集]

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