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『定本版・吉田松陰全集』刊行事情④
【2012/07/07 00:38】 エッセイ
「吉田松陰全集」編纂発行の経過大要④

本事業のやゝその緒に就かんとするに當たって更に一つの難關に遭遇した。

それは本會に於ける全集發行の企畫以外に個人で同様の計畫のあったことである。本會の計畫がやゝ具體化するにつれて、先方の計畫が漸次發行され、同時に同所に同一の事業を两者相對立して計畫するやうな形となった。
松陰岡部本24.4.23


これは啻に經濟上の不利のみならず時間勞力の點についても誠に無益なことであり、もし出版を急ぎ杜撰なものを世に出すことゝなれば獨り本縣の名折れとなるばかりでなく後世を誤ることにもなり、このまゝ推移すれば世間の疑惑を招き資料蒐集上にも支障少からず、勢いの趨くところ遂に紛争を醸し、ひいては神徳を汚し奉らんも圖られず、或は幹事會に或は代議員會に事情を悉してこれが對策について冷静な判斷を求めたが、歸するところは本會の計畫はもともと全く營利を離れ、眞に世のため教育のため先生の精神を永劫に不滅ならんとしての事業で、その間何等不純の考はないのであるからいさゝかも躊躇逡巡を要しない、教育會は資料蒐集の上にも最も便利の地位にあるから到底他の追隨を許さない、吾々は是非教育會に於て完全な全集の發行を實現したい、たとひ完成は遅くなっても費用は多少嵩んでも完璧を期して貰いたい、しかし出來得るならば先方の諒解を求めて本會の趣旨の下に之を統一することにして欲しいが、萬一諒解が出來なければ二者別々に發行するも已むを得ないといふのであった。
定本吉田松陰全集



會としても成るべく圓滿に解決したいと考へて、私が幾度か交渉を重ねたが、先方にもまた先方の主張があって容易に妥協を見るに至らなかったん。當時の山口高等學校長岩田博藏氏も全集事業の性質上、第三者として事業の圓滿なる進行について斡旋せられたことは深く感謝しなければならない。


本件に關しては先輩諸賢竝に吉田家等にもいろいろと心を煩はし、且つ懇切なる援助を賜はったことを感謝するものである。かくて幾囘かの交渉によって、先方も大乗的見地からその主張を放擲し、事業は擧てこれを本會に合一することとなり、謄寫物は全部これを本會に提供せられた為め本會も亦相當の代償を以てこれに報謝し、約一年に亙って錯綜顚綿せる問題も九月二十十九日を以て圓滿解決を告ぐるに至った。
十月四日本縣知事に關し縣費五千圓宛二ヵ年間補助の申請書を提出したところ、年額百圓宛二ヵ年間補助せられることゝなった。


 ついで三編纂委員の下に夫々助手を配属した。廣瀬委員の下には溝部幸雄氏、安藤委員の下には池上岩太郎氏、玖村委員の下には岡不可止氏を廃して筆寫の事務を嘱した。
玖村敏雄吉田松陰


昭和八年二月十三日代議員會を開催し、松陰全集刊行費起債及び償還方法と編纂竝に刊行費五萬六千貮十六圓の豫算を可決した。
同四月には幹事武智啓次郎氏、五月には副會長白石喜太郎氏・幹事原田一二氏が夫々轉任し、六月には靈田壽雄氏・田中眞治氏に幹事を委嘱した。
 

その後八月十一日から三日間、渡邊監修編纂委員及び私は萩松陰神社記念館に參集し、資料の分類、轉寫の分擔、資料の調査採訪區域の擔當等編纂上の打合せを行った。


資料は三委員とも今囘編纂の新方針に基いて、既刊文獻の誤謬を正し、未刊文獻は成るべく廣く探査發見に努め、且つ總て悉く編纂委員が原書にちういて調査しその眞偽を判定した上で寫し取ることとなったから、従前の謄寫物や他で寫し取って貰ったような材料では、そのまゝ原稿に採録する譯には行かない。隨ってこの間に於ける委員の勞苦は一通りのことではなかった。
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