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『定本版・吉田松陰全集』刊行事情⑤
【2012/07/07 12:31】 エッセイ
「吉田松陰全集」編纂発行の経過大要⑤

委員の資料採訪記の概要は全集月報に掲載されているが、採訪は大體昭和七年頃から開始された。
萩市24.7.7


即ち概ね委員在住の地域を中心として安藤委員は萩地方を、玖村委員は萩以外の山口縣下及び中國・四國・九州を、廣瀬委員は京阪井東分擔された。
採訪に當たりては前述の如く大部分は豫め照會し了解を得て委員が出張したのであるが、時には次から次へと聞くがまゝに訪問せられた向も少くなかった。
山口県24.7.7


資料の多い処には訪問數十囘を重ね前後七八カ月に亙ったものもあって、委員の煩勞はもとより、所有者側の迷惑をかけたこと一方ならぬものがあった。殊に萩松陰神社の資料閲覧は神社維持會の規定によって同會理事二名の立會を要するから、謄寫校合に長年月を要し維持會理事に煩勞をかけたこと實に多大なものがあった。
萩・松陰神社24.7.7


全集の刊行は當初本會の直營として約二千部ばけを印刷する豫定で編纂印刷費六千餘圓の經費を計上し、代議員會の決議を經たが不朽の難易配給の繁雑等を慮った結果、これを中央の書肆に一任するっことゝし、十月六日私から出版界の王座にある東京岩波書店に交渉を試み、十一月上京の機會に親しく店主岩波重雄氏に面會して詳しく事情を説明したところ、同氏が松陰先生の敬仰者であった關係から快くその出版を消毒せられ、歸來細節について數囘交渉を重ねて、昭和九年二月七日出版に關する契約を締結し、本會は編纂竝後世に關する一切の責任と費用を負擔し、書店は出版發賣に關する全責任とこれが費用の一切を負擔することその他を規定し、尚編纂出版を遅滞なからしむるための原稿の受授及び期日を定めて覚書を交換した。
岩波書店24.7.7


當初の考では菊版六百頁内外のもので五巻で完結の見込であったが、その後續々新發見の資料も加はって全部六千餘頁の多きに上ることゝなったがため、岩波書店は格別の犠牲を拂って購讀者の便利をはかり、菊版拾感の分冊とし價格も出來るだけ低廉を旨とすることゝなり、本會でも當初の目的達成の點から滿足した。

校正は専任の校正者以外に各委員に於ても數囘行ひ、少くとも普通は五校、必要に應じてそれ以上も取ることゝした。そして最後に監修の校閲を經る順序であった。而して印刷に關する監督を専ら廣瀬委員に於て擔當して頂いたことは本會として誠に感謝する次第である。
下田の吉田松陰24.3.25
弁天島24.6.9


本會が委嘱した専任の校正者は當初は荻原淺男氏で、後専ら岡不可止氏であった。廣瀬委員夫人敏子女史及び岩波書店の鈴木三郎氏も亦多大の援助を寄せられた。編纂方針が原書主義で略字俗字假名を原書の通りに載せる趣旨であったから、非常に煩雑で校正者の苦勞が實に容易ならぬものがあった。

昭和八年十一月二十六日、中山春雄氏副會長に當選しその就任を得た。
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