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『定本版・吉田松陰全集』刊行事情⑦ 最終回
【2012/07/07 18:55】 エッセイ
「吉田松陰全集」編纂発行の経過大要⑦・最終回

吉田松陰銅像24.3.25



十月八日岩波書店から第一囘(第二巻)を發行した。そこで十三日の拂暁私は之を携帯し、會を代表して萩松陰神社に参拝し、杉相次郎氏の參列を求めて神社に奉納式を執行した。歸途安藤委員を病床に見舞ひ、且つ祭儀の状況を報じ出來上がった本を贈呈した。
同氏は喜びに溢れて两目に涙を浮べ語ることさえ出來なかった。東京松陰神社には廣瀬委員に奉納方を委嘱した。


十月三十日宮内大臣の許可を得て全集を 天皇陛下 皇后陛下 皇太后陛下に獻上を差許されたことは本會の最も光榮として感激措く能はざるところである。
定本吉田松陰全集


十二月八日岩波書店より第二囘配本(第四巻)を發行した。
昭和十年一月十七日、印刷上に關し端なくも又一問題が惹起した。これに就き廣瀬委員と書店との間に互に意見を異にしたが、渡邊監修・委員・書店・本會との間に文書の往復交渉を重ね、遂に一部の文字を伏せ字として印刷することとし、一月二十八日に到り解決を見た。

二月九日岩波書店より第三囘配本(第七巻)を發行した。二十六日、津守馨氏・華房敏麿氏を本會幹事に委嘱した。
二月末上京した私は三月四日吉川會長に隨ひ、吉田茂子氏・徳富蘇峰氏を訪問して全集編纂に關する挨拶を述べ、翌日は徳富氏及び同秘書・渡邊博士・廣瀬委員・吉田茂子氏・岩波茂雄氏を招待して午餐を俱にし種々懇談を遂げた。

三月三十一日第四囘配本(第三巻)が出來上った。
安藤委員の病氣はその後小康を得て居たが容體急變し、病蓐にあること十カ月で遂に白玉樓中の人となられた。私は訃報に接して萩に急行し、會を代表して弔意を表した。十一日の萩公會堂に於ける告別式には山本副會長とわたしとが參列し賻儀及び榊一對竝に玉串料を供へ山本副會長が會長の寵児を代讀された。玖村委員は訃報に接し委員を代表して遠く廣島から來弔せされた。數ある弔辭中何人も松陰全集編纂の功績を稱へざるはなく、靈前には恭しく全集中既刊の三冊が奉獻され參列者何れも感慨無量であった。
五月二十六日第五囘配本(第八巻)、七月二十七日第六囘配本(第五巻)、九月三十日第七囘配本(第六巻)、十一月十八日第八囘配本(第九巻)を發行した。
松陰神社24.6.9


往年萩神松陰社に御下賜遊ばされた故有栖川威仁親王御染筆、「古道照顏色」の御額面はこれを寫真に撮影して第一巻口繪に掲載の希望であったが、渡邊監修の斡旋を煩はし十一月十四日 高松宮家に願ひ出て、十二月四日御許可あらせられ掲載の光榮に浴した。
是より先廣瀬委員は 高松宮家御所藏の松陰文獻謄寫を差許され、宮内省からは御物二點撮影掲載の儀も許可あらせらるる等、この事業に關して數々 帝室及び 高松宮家んも恩惠に浴し奉ったことは、讀者と共に感激措く能はざる所であって本會の最も光榮とする所である。

ついで津守・熊本の两幹事轉任につき、十二月九日幹事を解嘱した。
昭和十一年一月十三日第九囘(第一巻)發行を了り、三月十二日菊地龍道氏を幹事に委嘱した。
至誠 松陰


四月二十日第十囘配本(第十巻)を以て、既往五年に亙る本會の大事業も茲に目出度完成を告げ、多年の宿望を達し得たことを喜ぶと共にこの資料の大成によって、明治維新建設の原動力となった松陰先生の人格・思想・事業を普及に傳へ、百世の後能く國民精神指導の源泉たらしめ得るであろうことを深く信ずるものである。

終りに、全集編纂の退任に當られ、五年の永きに亘って日夜勵精努力を續けられた監修竝に編纂委員及び謄寫校正に當られたる各位に對し、謹んで感謝の誠意を表すると共にこの事業に共鳴して發行を快諾し本會の希望を達成せしめられたる岩波書店に對して深く敬謝する次第である。

特に 帝室を始め奉り、 高松宮家・萩松陰神社・東京吉田家・其他全國各地の資料所藏家が資料寫取を許され、この事業のために特別の便宜と厚意とを寄せられたること、本縣の先輩各位が事業遂行上懇切なる注意と指導を與へられたること、廣瀬委員の夫人敏子女及び出版の係り主任として岩波書店の永野重麿うじが終始多大の力を添へられたることに對し深甚なる謝意を表したい。

吉田松陰自賛画像2012.4.13


以上事務擔當者としての立場から僭越をも顧みず經過の大要を報告する次第である。
山口県24.7.7


昭和十一年四月                山口縣教育會主事齋藤彦一


※長々と七回にわたって、書き写すべく打ち込んだ「經過の大要」が終了した。
両手に相当の負担がかかり、手首、指先等が異常な感覚を覚えるが、通読してみて、「一大決心」の下にこの編纂事業が進められ、幾多の困難を克服して完成したことが大変よく理解出来た。

途中、安藤紀一先生・玖村敏雄先生は不幸に遭遇しながら、担当の責務を全うされた「秘話」も理解出来た。同時に、少なからぬ人事異動のため委嘱者が何度も変わり、「一以て貫く」編纂方針の困難の様子も解かった。「帝室」にまで協力を仰ぎ、完成させた「吉田松陰の精神」が、これを読む現代人にとって、理解される意義は誠に大きいだろう。
岩波書店24.7.7


大変な時間と労力の末の完成であったのだ。山口県教育會の、吉田松陰に寄せる並々ならぬ敬意と執念がありてこそ、第一級の研究者が勢揃いした豪華な編集委員を動員して、これが刊行されたのだ。
歴史に学ぶ


旧漢字や、旧仮名遣いでも根気よく読み続ける必要があると思う。感謝しながら読まないと、本当に失礼になると思わざるを得ない。

長谷川勤22.1.10慶應大学にて
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