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『村塾の四天王・入江杉蔵』への書簡「自然説」
【2012/07/25 19:45】 エッセイ
入江杉蔵宛
安政六年四月二十二日頃 

松陰在野山獄 入江在岩倉獄

餘り怒りよるととうとう腹もなんにも立たぬ様になる。
吾れは腹はもう立てぬ。
併し又立てたら夫れも自然と恕して呉れ。
『吉田家本・吉田松陰座像』

自然説
子遠子遠、憤慨することは止むべし。義卿は命が惜しいか、腹がきまらぬか、學問が進んだか、忠孝の心が薄く成ったか、他人の評は何ともあれ、自然ときめた。死を求めもせず、死を辞せもせず、獄にあっては獄で出来る事をする、獄を出ては出て出来る事をする。
時は云はず、勢は云はず、出来る事をして行き當つつれば、又獄になりと首の座になりと行く所に行く。吾が公に直に尊攘をなされよといふは無理なり。
尊攘(弘道館)


尊攘の出来る様な事を拵へて差上げるがよし。平生の同志は無理に吾が公に尊攘をつき付けて。出來ねば夫れで自分も止めにする。無理につき付けて見た事、是れ迄は義卿もどうよう。是れからは手段をかへる。周布・前田輩に向って言うたは幾重も吾れが不明。然れども其のときは御存じ通り皆已むべからざるしだいあり。矢張り自然じゃ。吾れを永牢して出さねば夫れも自然。出してくれれば、はや覆轍は踏まぬ。政府は勿論、食禄の人に對しては何も言はぬ。又其の時の曲折は今から言はれはせぬ。大意は足下江戸にて案じ付いた通り、又吾が輩未だ勅諚を聞かぬ内の手段なり。
松陰の立志実践教育


○我れ若し南支の夢に入らば、天子に直に言上すべし。其の次は吾が公に言上すべし。其の他大原卿などは曽て知己を以て許されたれば兎に角一言すべし。其の外には言はず。
今から人が温言して來れば温言して答ふ。厲色して來れば瞑目して居る。怒聲して來れば黙然して居る。彼の輩は實に較ぶるに足らず、惡むに足らず。頻りに和議を言うて來る。子遠・和作の誠心には感じて居るとて頻りに辯じて來る。

入江九一


吾れ未だ一言を答へざれども、是れは自然の道に非ざる故、温然として答ふる積りぢゃ。如何。僕も諸友に先立ちて來獄したれば少しは人より罪重けれども、未だ死罪を賜はらぬは、未だ忠義の罪軽きなり。今死を求むるは微功にて重賞を求むといふものなり。今からもっと積まねば死は賜はらぬと存じ候。
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