長谷川勤のインフォメーション・ブログ
維新の先覚者「吉田松陰」研究のやさしい入門ブログ

プロフィール ×

kinnhase

Author:kinnhase
長谷川勤のインフォメーション・ブログへようこそ!


最新記事 ×

最新コメント ×

最新トラックバック ×

月別アーカイブ ×

カテゴリ ×

『東行前日記』 連載②
【2012/08/18 11:48】 エッセイ
『東行前日記』②

 十六日(安政六年五月)
   朝、肖像の自賛を作る。
像は松洞の寫す所、之れに賛するは士毅の言に従うなり。

吉田松陰自賛画像2012.4.13



その賛に曰く

三分出盧兮諸葛已矣夫    三分盧を出づ、諸葛 已(や)んぬるかな、
一身入洛兮賈彪安在哉   一身洛に入る、賈彪(かひょう)安くに在りや。
心師貫高兮而無素立名   心は貫高を師とするも、而も素より立つる名なく、
志仰魯連兮遂乏釋難才   志は魯連を仰ぐも遂に難を釋くの才に乏し。
讀書無功兮朴學三十年   讀書功無し、朴學三十年
滅賊失計兮猛氣廿一回   滅賊 計失す、猛氣廿一回
人譏狂頑兮郷黨衆不容   人は狂頑と譏り、郷黨衆く容れず
身許家國兮死生吾久齊   身は家國に許し、死生 吾久しうせり。
至誠不動兮自古未之有   至誠にして動かざるは古より未だ之れ有らず、
古人難及兮聖賢敢追陪   古人 及び難きも、聖賢 敢へて追陪せん。


至誠


【通釈】
天下三分の計を図り草廬から出仕したという、諸葛孔明は最早この世に無く、
党禁を訴える為、一身で都に入ったという、あの賈彪はどこにいると云うのか。
吾が心はあの壮士の貫高を師としているが、もともと世間に立てるほどの名声は無く、
自分の志は齊の魯仲連を尊敬しているが、結局は国難を解決する才は乏しい。
自分の読書もその効果も無く、學問に勤しんで三十年にもなるというのに、
外夷を滅亡させようとの企ても失敗してしまった、勇猛心を二十一回も振り起したのに。
世の人は私を頑固者として非難し、松本村の人達の多くは私を受け入れてくれなかったが、
自分の命は國家に捧げていて、死ぬにしろ生きるにしろ忠誠を尽くす心に変りは無い。
至誠を尽くせば心を動かさない人は、古来一人もいないと、孟子は言ったが、
諸葛孔明などの俊傑程にには及ばない迄も、聖人・賢人が求めたものを精一杯追慕したい。

【註】
自賛 = 画に題して画面中に書かれた詩・歌・文を賛と言う。それを自分で書いたもの。
松洞 = 松浦松洞。村塾生で画を学んでいた。後に松陰に教えを受け、期待された。
士毅 = 小田村伊之助。松陰の妹婿。更に死後もう一人の妹(玄瑞の夫人)と再婚した。
三分 = 天下三分のこと。三国時代、魏・呉・蜀の三国鼎立。
廬を出づ = 孔明が、蜀の劉備の三顧の礼に感激して、草ぶきの家を出て出仕したこと。
賈彪 = 後漢の壮士。党禁が起こった時、一人で都に入り、訴えて成功させた。
貫高 = 前漢の壮士。劉邦の不遜な態度を怒り、殺そうとする。許されるも自殺した。
魯連 = 戦国時代、齊の高士、魯仲連。仕官せずも国難や紛争を解決した人物。
朴學 = 素朴で地味な学問で經学のこと。ここでな松陰自身の学問に対する謙遜。
猛氣廿一回 = 松陰のこと。國家のために、二十一回の猛を発する意味がある。
狂頑 = 理想が高く実行が伴わず、また頑ななこと。
身は家國に許し = 自分自身の命は藩(國)に捧げることにしているの意。
死生 吾久しく齊うせり = 生も死も、以前から区別などないと思っている。
              いつでも死を覚悟しているとの意味が込められている。
至誠にして動かざるは 古より未だ之れ有らず = 『孟子』離婁上の言葉の引用。
古人 及び難きも = 孔明のような昔の俊傑には及ばないながらも。
聖賢 敢て追倍せん = 聖人・賢人の道を求めて追慕したいものだ。

※此れを読むと、久坂玄瑞が村塾の画家、松浦松洞に描かせ、これに小田村伊之助の進言 で松陰が賛を書いたことがわかる。
五月十六日から出発前日までに書いたようである。

最近、『長州維 新の道・下巻』に此のことが詳細に解説された本が出版された。
一読を薦めたい。

松下村塾24.3.25


畫史藍田、䔥海を介して詩を寄す。次韻して却下寄す。云はく、

 少小讀書師昔賢     少小より書を讀み昔賢を師とす、
 殺生今委理官權     殺生今は理官の權に委ぬ。
 眞誠不動來奸吏     眞誠、奸吏を動かし來たらず、
 冤枉爭怨得碧天     冤枉、爭でか碧天を怨み得ん。
 千里檻輿鼾睡穩     千里の檻輿、鼾睡穩かに、
 滿城風雨虜氛羶     滿城の風雨、虜氛羶し。
 赤心報國背無涅     赤心報國、背に涅なきも、
 願學岳爺終我年     願はくは岳爺を學んで我が年を終らん。

【註】
藍田 = 藤井藍田。畫や書を学んだ大阪の商家の人。桂とも親交があった。
次韻 = 贈られた詩への返却の詩。
理官 = 裁判官。
奸吏 = 邪悪な役人。ここでは幕府の役人の意。
冤枉爭怨得碧天 = 無実の罪に問われ、今この様に東行を命ぜられ、至誠が不足ゆえ、どうして天を怨もうか。
千里檻輿鼾睡穩 = 長旅の檻(駕籠)の中で、鼾をかいて穏やかに眠ろう。
滿城風雨虜氛羶 = 江戸は梅雨時だが、夷人の跋扈で生臭いだろう。
岳爺 = 宋の岳飛のこと。またその故事。

野山獄24.3.23

(松陰はこの野山獄で自賛を作った)
   ○
夜、岡部(富太郎)・福原(又四郎)・松洞至る。書きて示す。
 龍は畫を以て愛せられ、余は去るを以て重んぜらる。此の間、無眼の人物連りに絹紙扇面を以て余に逼る。余、皆揮寫して以て來意を厭す。是れに坐して事務繁劇、頗る困屈を致す、而して同志の諸友に至りては反って乃ち闕如す。其の實、同氏の諸友は平素相盡し、別れに臨みて更にいふことなし。別れに臨んで言多きは、極めて兒女の態に似たり。男兒相知る、何ぞ必ずしも然なさんや。然りと雖も、此の別れ想へば當に永訣なるべし。已むなくんば、余に一の護身の符あり。孟子云はく「至誠にして動かざる者は未だ之れ有らざるなり」と。其れ是れのみ。諸友其れ之れを記せよ。其の他千萬の言語は八十一鱗に至ると雖も、苟も一晴れを點ずるに非ずんば、遂に是れ眞にあらざるなり。


【註】
無眼の人物 = 思慮分別の無い人間。
余に逼る = 揮毫をしてくれと頻りに賴む。
闕如す = 訪ねてこなかった。
「至誠にして・・・・・・」 = 『孟子』離婁篇第十二章にある。
八十一鱗に至ると雖も、・・・・・・ = 画竜点睛を欠くほどの意。

   ○
余向に福原又四郎の為に名字を撰定すること此の如し。夫れ華實相無かるべからず。而して天下の草木未だ曾て華なくして實あるものはあらざるなり。今、名は實にして而も、字は去華とは何の説ぞや。曰く、是れ弊を矯むるの言なり。當今、華ありて實なきは、比々皆是れなり。故に去華と曰ひて之れを醒ますなり。又四(郎)の人物は沈重簡黙、自ら能く華を去り實に就く者、故にこの名字最も當れり。其の説は猶ほ曲折あるも、今は特だ之れを略言す。

【註】
華なくして實ある = うわべの華やかなこと。言葉は立派であるが実行の伴わない。
比々皆是れなり = どれも、皆すべて。
沈重簡黙 = 落ち着いていて言葉がすくないこと。

   ○
和作に與ふ
云はずとも君のみは知る吾が心心の限り筆も盡さじ。
関連記事
スポンサーサイト


この記事に対するコメント

この記事に対するコメントの投稿














管理者にだけ表示を許可する


この記事に対するトラックバック
トラックバックURL
http://kinnhase.blog119.fc2.com/tb.php/219-98463d70
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)


サイドメニュー ×
メニューA  メニューB

検索フォーム ×

RSSリンクの表示 ×

リンク ×
このブログをリンクに追加する

ブロとも申請フォーム ×

この人とブロともになる


QRコード ×
QR