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『東行前日記』 連載⑥
【2012/08/24 11:00】 エッセイ
『東行前日記』⑥

二十日(安政六年五月)
傅輔に別る、傅輔時に揚屋に繋がるその近作の韻に仍る
松陰先生24.3.31


坐死嘗慙状蓐間    坐死嘗て慙づ状蓐の間、
此行豈是涙潸々    此の行豈に是れ涙潸々たらんや。
幽囚汝自知吾志    幽囚汝自ら吾が志を知らん
欲向芙蓉照笑顔    芙蓉に照向って笑顔を照らさんと欲す

【用語】
傅輔 = 伊藤傅之輔。大原三位(重徳)西下策に活躍して萩の岩倉獄に投ぜられた。
坐死嘗慙状蓐間 = 生きている時に何の功業も立てず、寝床の上で安らかに死ぬことは、男子として恥ずべきことであると考えていた。
此行豈是涙潸々 = この東行は幕府吏に尊王攘夷の大義を説く好機であるから、どうしてさめざめと別れの涙を流すことがあろう、の意。
芙蓉 = 富士山。


  ○
野村靖
(野村和作、後の内務大臣・神奈川県知事、入江杉蔵の弟。『留魂録』受取者)

 和作に與ふ
和作は鋭敏果斷なること、頗る阿兄に過ぐ、而れども精思熟慮は少しく譲る。其の資性異るものありと雖も、抑々學問經歴未だ足らざるなり。今、獄に在りて書を讀むは天の佑これより大なるはなし。和作の後來、眞子と詢に賴むべきなり。


【用語】
和作 = 野村和作。入江杉蔵の弟。後、神奈川県知事、内務大臣。子爵。
阿兄 = 和作の実兄、入江杉蔵。字は子遠。
今 = 和作は当時、兄杉蔵と共に要駕策の一件で萩の岩倉獄に収監中。

 
清狂道人の賛
四十二年    四十二年、
寓身塵域    身を塵域に寓す。
腹富文章    腹は文章に富み、
世滿相識    世に相識滿つ。
瀝誠動人    瀝誠人を動かし、
血涙塡臆    血涙臆を塡む。
状貌奇偉    状貌奇偉に、
氣魄鬱塞    氣魄鬱塞す。
尊王攘夷    王を尊び夷を攘ひ、
護法護國    法を護り國を護る。
清哉狂哉    清なる哉狂なる哉、
頭髠衣黑    頭は髠に衣は黑し。
月性

(勤王僧・月性。松陰と親交があり、この肖像画は門弟の松浦松洞作になる)

實甫、清狂の像を出し、文を余に索(もと)む。余、向に祭文一篇あり。已に實甫に託して、清狂の稿の後に附す、因って復た賛を撰ぶこと此くの如し。嗚呼、清狂は死せり。囘も亦将に去らんとす。一幅三人、死別の感深し。実甫、時々出して之れを觀よ。

今茲に東行す、舊友䔥海頗る周旋を為す、微言もて之れを謝す
 此行吾死所    此の行は吾が死所、
 百年心已抛    百年の心已に抛つ。(なげうつ)
 猶存緒里感    猶も緒里の感を存し、
 含涙謝故交    涙を含んで故交を謝す。


【用語】
清狂道人 = 周防、妙円寺住職「月性」上人。安政五年五月没。勤皇僧として有名。
       「男児志を立てて郷関を出づ。學若し成る無くんば復た還らず。骨を埋むる何ぞ期せんや墳墓の地、人間到る処青山有り」の立志の詩が有名。
塵域 = 俗世間。
腹 = 詩文に秀でた才能を有していたことを言う。
相識 = 知人。
瀝誠 = にじみ出る至誠心。
血涙塡臆 = 事に対して感じやすい情熱家であったことをいう。
氣魄鬱塞 = 気力が満ち溢れていた。
髠(こん) = 髪を剃り落して、青々としているさま。
實甫(じっぽ) = 久坂玄瑞。村塾の双璧といわれ、松陰の妹婿。禁門の変で自刃。
祭文 = 『己未文稿』に収載。清狂の死を悼む詩。安政五年三月頃。
囘 = 二十一回猛士。即ち松陰自身をいう。
一幅三人 = 月性・松陰・久坂。
䔥海 = 土屋矢之助(䔥海)。佐世の臣。幽室に松陰を訪問、文章の添削を求めた。
     松陰の幽室・東行の時にも厚い友情を寄せた。
緒里 = 『左伝』の成公三年の条に晋の荀罃(じゅんおう)が楚に囚われた時、商人が緒中即ちに衣囊に入れて脱出させようとしたが、結局は商人の手を借らないで晋に歸ることができた。後にその商人に会った時、あたかもその囊中より脱出したかのごとく感謝善遇したことが見えている。ここでは土屋䔥海の周旋ならびに計画は実現出来なかったが、なお荀罃が商人に感謝したと同じように感謝の気持ちでいっぱいである、という意。
故交 = 古くからの交わり。

※ 東行前日記を筆写しているが、幕府からの江戸召喚に對し、生きて帰れぬ覚悟と、身辺整理、門人・知人への感謝をこめた詩や文が書かれ続けている。
誠実な人となりを絵に描いたような松陰の人となりである。至誠という言葉を座右の銘にし続けたが、将に言行一致で、こうした松陰の人柄が、門下生たちに感化力となって、自己教育として結実したのであろう。
讀む者をして胸の詰まるような思いである。
愛国心も、このように至誠から発したものであろう。
しかも、死を掛けての信念の実践であった。

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