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『東行前日記』 連載⑧
【2012/08/28 14:39】 エッセイ
『東行前日記』 ⑧


二十二日(安政六年五月)
松陰正装画像

増野無咎に留別す

吾嘗抄奉使    吾れ嘗て奉使を抄し、
宋明極其選    宋・明その選を極む。 
就中最所欽    就中最も欽ふところは(したう)
富弼及楊善    富弼と楊善。(ふひつ)、(ようぜん)
存心常在君    心を存する常に君にあり、
匪躬自蹇々    匪躬自ら蹇々たり。(ひきゅう)、(けんけん)
往向虜廷説    往いて虜廷に向って説く、(りょてい)
利害為分辯    利害のために分辯す。
言皆發至誠    言皆至誠より發す、
何唯縦横辯    何ぞ唯だ縦横の辯のみならんや。
非是色莊者    是れ色莊者に非ず(しょくそうしゃ)、
眞心見実踐    眞心、実踐に見る。(あらわる))
上皇正蒙塵    上皇まさに蒙塵し、(もうじん)
正賀雙涙泫    正賀、雙涙泫たり。(そうるいげん)
國難方蠭午    國難まさに蠭午し、(ほうご)
家事渾放遣    家事すべて放ち遣る。
今我檻輿行    今我が檻輿の行、(かんよ)
臨難寧苟免    難に臨んで寧んぞ苟も免かれんや。(いやしくこ)
増生愛我深    増生我れを愛すること深く、
驪歌情綣々    驪歌の情綣々たり。(りか)、(けんけん)
起念及昔賢    念ひを起して昔賢におよべば、
吾心乃慙捵    吾が心乃ち慙捵す。(ざんてん)

【用語】
増野無咎 = 増野徳民。松下村塾の最初の寄宿生。
奉使を抄し = 國家の命を奉じて外国に使いし、外交の衝にあたること。松陰は安政三年頃に『宋元明鑑杞抄』の一書をつくった。
その選を極む = 人選に慎重を極めた。
富弼 = 宋の仁宗の時、さいど契丹に使いして、極力兩度の割譲を拒んだ。晩年王安石
     と合わず、奸を辞した。其の名は諸外国の轟き、忠義の心は老いても篤かった。

楊善 = 明の成祖の挙兵に功あり景帝の時オイラート(部族名)の部長エッセンに使いして上皇英宗を迎えて帰った。
匪躬自ら蹇々たり = 一身の利害を顧みず君主につくした。
虜廷 = 異民族の朝廷。
縦横の辯 = 春秋戦国時代に、蘇秦・張儀が各国に遊説して合従連衡の弁をふるったが、そのような政客の徒の辯舌をいう。
色莊者 = 表面だけ君子を装っている者。『論語』先進篇第二十章にでている。
上皇まさに蒙塵し、正賀、雙涙泫たり = 明の英宗。エッセンに虜にされて北方に監禁されていた。この時、和議が成立して群臣が正月の雅誓を述べても、楊善は上皇が他国に在るのを思って泣いた。蒙塵は天子が難を避けて都をのがれること。
蠭午し = 蠭は蜂に同じ。『漢書』の劉向傅に『蜂午並び起る』とある。事が一斉に群がり起ること。蜂起。
檻輿 = 罪人護送用の駕籠に乗せられて江戸へおくられることをいう。
増生 = 増野徳民。
驪歌情 = 宋別の歌。昔驪(りく)という誌編があり、客を送る時に歌ったという。
綣々たり = まつわって離れず情の厚いさま。
慙捵す = 深く恥じ入ること。
野山獄24.3.23


従兄弟毅甫に留別す
嗟我狂悖士    嗟、我れは狂悖の士、(きょうはい)
檻車送關東    檻車もて關東に送らる。(かんしゃ)
既貽父母憂    既に父母の憂ひを貽し、(のこし)
於國未為忠    國に未だ忠を為さず。
勤儉我毅甫    勤儉の我が毅甫、(きほ)
幸不墜家風    幸はくは家風を墜さず、
讀書撃劍外    讀書撃劍の外
致力畎畝中    力を畎畝の中に致せ。(けんぽ)
世事易變換    世事變換し易し、
括目待阿蒙    括目して阿蒙を待たん。(あもう)
訣別無限恨    訣別限りなきの恨、
梅天晝濛々    梅天晝濛々たり。(もうもう)

【用語】
毅甫 = 玉木彦介。松陰の叔父玉木文之進の嫡男。
狂悖の士 = 気ちがいじみて道義に悖ったひと。
檻車 = ここでは、罪人護送用の駕籠を言う。
國に未だ忠 = ここでは長州に忠という意。
力を畎畝の中に致せ = 田畑の耕作にもはげめ。
括目して阿蒙を待たん = 三国時代、呉の呂蒙が初めて學に就いて勉励した時、魯粛という者が蒙に「大弟は武略のみと思ひしに、今は学識英博、復た呉したの舊阿蒙に非ず」といったところ、蒙が「士別れて三日なれば即ち当に刮目して待つべし」と言ったことによる。目をこすって注意して見ることから、人の学業が著しく進むのを待ち望むことを言う。
梅天晝濛々たり = 梅雨空のもと、昼でありながら、ぼうっとして薄暗いことである。

安政の大獄


   ○
家大兄に留別す。大兄十四日の事聞えてより日として獄に來り相勵まさざるはなし。或は夜分乃知去る、言私(事)に及ぶもの少なし
杉梅太郎


囚窓客去夜沈々    囚窓客去って夜沈々、(しゅうそう)
無限悲愁又復侵    無限悲愁またまた侵る。(せまる)
萬里重傷父母志    萬里重ねて傷む父母の志、(いたむ)
卅年無益邦家心    卅年益なし邦家の心。(ほうか)
狂頑弟尚為豪語    狂頑の弟なほ豪語を為し、(きょうがん)
友愛兄強助放唫    友愛の兄強ひて放唫を助く。(ほうぎん)
情至鶺鴒難説得    情は鶺鴒に至り説き得がたく、
棣花落盡緑陰深    棣花落ち盡して緑陰深し。(ていか)、

【用語】
家大兄 = 松陰の兄、梅太郎。
沈々 = 夜が更けていくさま。
萬里重ねて傷む父母の志 = 遠い江戸への道程であるので、父母の気持ちを思うと心が痛む。
邦家の心 = 國家の安泰を思う心。
狂頑 = 気ちがいじみており、心が頑ななこと。
放唫 = 声を張り上げて歌うこと。ここでは、國家の危局に際し、松陰が尊王攘夷の大義を人々に訴えることをいう。
情は鶺鴒に至り説き得がたく = 鶺鴒は飛ぶとき波状を為して、常に尾っを上下して火急の情があるので、気球困難の喩えにひく。私の気持ちはこの急難に際して詳しく説明し難いの意。『詩経』の少雅・常棣の篇に「鶺鴒原に在り、兄弟急難あり」とある。
棣花 = 庭桜の花。『詩経』の少雅・常棣の篇に「常棣の華、卾として韡々たらざらん」とあり、前句と共に兄弟の情愛裏に含めている。

※松陰の「東行出発」が迫っているのにもかかわらず、愛弟子や従兄弟、そして兄の梅太郎に決別の漢詩を贈っている。漢詩は、文字数に対して、含意がとても深く作者の心がこもっている。
出発予定が、明後日であることから、親族に宛てて書かれ始めてている。

門下生や従兄弟には激励を、兄には毎日松陰を励ましに来る事に、感謝やお詫びに近い感傷的な文言も並ぶ。

だが、こうして全集筆写を丁寧にしてみると、行間に漂う誠実な松陰像が読み取れる。至誠を座右の銘に舌と言われる、松陰の人となりが鮮明になってくる。次回は、父親への訣別の詩である。
吉田松陰に「幕府から召喚命令」がでた経緯は、上記の「安政の大獄」の本に述べられている。(263・264頁)
複雑な経緯があるので、いつか書いてみたいが、『井伊直弼の腹心・長野義言』の首唱によるものである。
更に「流刑」を「死罪」と一段重い刑に改めたのは、「直弼自身」であった。
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