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『吉田松陰先生』に聞いてみたい
【2012/12/19 00:42】 エッセイ
民主党・野田総理大臣2012.12.18
『国政選挙の結果に思う』

2012年12月16日、衆議院選挙が実施された。

敗戦を予測しながらも「覚悟の解散」を決断した野田総理大臣。
この決断は、三年間に務めた「三人の総理大臣」のなかで唯一「称えられるべき」決断だったと思える。

我が身可愛さに、「公の精神」を忘れて、私利私欲に走る国会議員が多い中で、「捨て身」の思いでの決断だったろうと思われる。



現職、前職の国会議員の代議士(参議院議員は代議士とは呼称しない)に問うてみたい。「国のために殉職の運命に出会って、その覚悟があるか?」と。
吉田松陰は、その覚悟で生涯を送った。だから評定所での「言い渡し」の直後、朗々と『吾、今国のために死す、死して君恩に負かず、悠々たり天地のこと、鑑照明神に在り』と吟唱した。

この心が、国会議員の方々はどの程度お持ちなのであろうか?問いたいものである。

『死して不朽の見込みあらば、いつでも死ぬべし。生きて大業の見込みあらば、いつでも生くべし』と、愛弟子の問い合わせにたいして、獄中から答えた吉田松陰。

松陰岡部本24.4.23


「死」は一度しかできない一人の人間の人生において、堂々と覚悟し、自らの「死」を以て、これを手本と認識させ、門下生のために死んで見せた師匠(吉田松陰)の生き様。これを「凶頑と謗り、故郷党衆く容れず」と心残りの文字が「自賛肖像画の賛に書かれている」。いつの世も先覚者への理解は、なかなか思うようには得られないものである。

「死の前日」に五千字に及ぶ「門下生宛に書き上げた遺書としての留魂録・二通」。今日まで伝わるのは二通のうちの一通。それは、「伝馬牢」の名主であった「沼崎吉五郎」に託したものである。
普通なら、「牢名主」は高飛車に高慢なたいどで「いばりくさって」いるのだが、この二本松藩士たる沼崎は吉田松陰に私淑してしまい、「松陰先生」と尊敬の念を抱き、松陰の遺書を命懸けで保持し続けた。

そして、二十年に及ぶ「遠島」の刑期を三宅島で過ごし、帰還したときは「徳川時代」ははるかに過ぎて、文明開化を謳歌する明治九年であった。託された趣旨は「長州藩」の人物なら誰でも良い、刑期を終えたら必ずとどけられたい!というものであった。おそらく命懸けの思いで懐に大切にしていたのであろう、「男の約束」を果たすべく、時の神奈川県令だった野村靖(幕末期は野村和作)を訪問して手渡したのが今日に残る、松陰自筆の『留魂録』である。これは今、「萩の松蔭神社」に大切に保管されている。

留魂録


安政三年八月、生家の「杉家」に幽囚の身であった吉田松陰は、安芸の勤王僧「默林」との往復書簡で『若し僕幽囚の身にて死なば、吾れ必ず一人の吾が志を継ぐの士をば後世に残し置くなり・・・・・・』(松陰全集第七巻・四四二頁)と書いた。

松陰死後の門下生の奮起への促しは、留魂録の精神として有名な話である。久坂玄瑞、高杉晋作、吉田稔麿、入江杉蔵の「松下村塾の四天王」をはじめとして、幕末維新期の「吉田松陰の志を継ぐ人々」の活躍は歴史ファンなら誰もが知るところである。だから、明治維新(徳川の政権返上)以来150年を経た今日でも松陰の「志」は脈々と受け継がれ、全国で最多の総理大臣を輩出したのである。

「知行合一」の教えに賛同した松陰は、身を以てその王陽明が説くところの精神を実践して見せたのである。見事なまでの言行一致は、他の例を私は知らない。今日の民主党政権が、単なる政権欲しさに「権力イコール数」と馬鹿な信仰にマインドコントロールされて「マニフェスト」を自ら偽る行動となった。菅直人元総理大臣は、出身は山口となっている。この人物が、総理の就任の時「奇兵隊内閣」とでも呼称してもらおう・・・・・・と言った。
彼は、山口県立宇部高校から東京都立小山台高校に転入学した人生行路をもつ。したがって卒業は都立小山台高校である。この高校は昭和21年生まれを境に、東京都の学制改革で「学区」から「学校群」へ変更する前の最後の年代である。当時は「第一学区」として、「名門・日比谷高校」に次いで、東京大学の合格者数が40名前後。東京工業大学に至っては、数年間全国一の合格者数を誇った名門高校である。

小山台高校24.3.23


菅直人、御手洗経団連会長、山田洋二映画監督、筑紫哲也等々、多くの功績を遺した人物を輩出した名門校である。勿論、山口の宇部高校は知る人ぞ知る進学の名門校で、山口県下では下関西高校や山口高校、徳山高校などとともに県下の有数な進学の名門校である。でも、言行不一致では、松陰門下の高杉晋作の創設になる「奇兵隊」精神とは相いれない。鳩山元総理などは、先を読んでか「さっさ」と立候補をおりて落選の汚名を免れている。賢いというか狡猾というか、この形容詞はどういった表現があてはまるものか、私は知らない。

国民は、この民主党政権の実態を知っている。自民党の長期政権による腐敗政治への鉄槌の結果、幸運にも政権を握ったに過ぎない。それを、国民に支持があったかのように錯覚したしたことが、今回の選挙結果を見た。
「青ざめた馬を見よ!」といった、題名の小説の言辞が想起される。
「内憂外患」は幕末の水戸藩主だった「徳川斉昭」の造語であるが、まさしく今日の日本はこれである。
さあ!どうするか。
黄泉の国から吉田松陰が『大喝!』と叱っているに違いない。

歴史に学ぶ


「歴史を学んで、歴史に学ぶ」ということばがある。
この「を・に」とでその意味するものは、大きく異なるのである。
心して忘れてはいけない言葉だと思う。

頑張れ!日本。としか、言いようがない。
変則的なナショナリズムが台頭してこないことを願うばかりのみである。
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