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『日本の政治を通観してみると』
【2012/12/23 22:54】 エッセイ
『松陰人気』と『現代政治家』

長らく、私の胸にくすぶっていたことがあります。
それは、日本の政治家や政治の在り方が、何時も不満足な思いが残るのは何故か?浮かんでは消え、浮かんでは消えしていました。

日本人は「公の精神が不足・または欠けている」ということに思い至った。
そう「吉田松陰人気の源泉は徹底的な公の精神に貫かれていた」29年の生涯であった。

それを松陰流に言えば「至誠」なのである。
松陰にとって「誠とは人の道なり」なのであった。
それも徹底したもので、断然他の追随を許さず、自分に対しても峻厳を課したものであった。
ここが、現代政治家と決定的に異なる。


吉田松陰25.11.09

どうしてこれ程に「吉田松陰の人気が衰えないのか?」を両面から考えてみました。
『日本人には、孟子の言う「惻隠の情」が不足しているのだということ。』エゴイズムとは「間一髪の違い」があるけれど、「博愛の精神が欠けているのではないか?」勿論、すべてとは言わない。
徳川封建体制がどうして持続し・そうしてまた崩壊したのか?

身分世襲制度の長所と欠点を考えてみよう。人間は、誰もが自分が可愛いのは、異論あるまい。そして、様々な欲望を心中に潜ませている。
「人賢愚ありと雖も一二の才能無きは無し」(吉田松陰全集・福堂策)という吉田松陰の人間観は間違いない。
ここから、松陰の「長所を引き出す教育」が展開される。

高杉晋作


頑質な高杉晋作を巡って、木戸孝允と意見交換をしたのが安政6年の2月。
「矯正」を主張する木戸孝允(幕末期は桂小五郎)に対し、松陰は高杉の大成を実現するには、「長所を伸ばすことこそ高杉の為になる」として、木戸孝允に「十年後に國家の大事を議する時は、僕は高杉に諮る」として、晋作の潜在能力に期待すると木戸を説得。

果たせるかな、高杉は松陰亡きあと、「松陰精神の継承者」として幕末長州の雄として大車輪の活躍をしたのは幕末史に興味ある人なら、誰でも知っているだろう。
問題は、ここにある。
「角を矯めて牛を殺す」という言葉がある。欠点の指摘や矯正は慎重を要する。

高杉家は200石の格式を誇る家柄で、松下村塾生の中でも、最上等の家柄に属する。
良家の一人息子として、わがまま一杯に育てられた。
父の小忠太は藩府の高級吏員として、守ること、つまり高杉に家名の傷つくことをしてくれるな!といつも言い聞かせていた。高杉本人は、松下村塾に内緒で通っていた。
藩校明倫館の教育の在り方に納得していなかったのである。
だから、盟友の久坂玄瑞の誘いのままに、確固たる信念無きままに松陰を訪問した。

和歌を披露して、松陰に評価されず、松陰をいつか屈服させたい願いが、次第に松下村塾にのめりこんでゆくという、知られざる一面を持っていた。
通い続けるうち、いつしか松陰の魅力に取りつかれてしまう。
さらに、いつも久坂玄瑞との比較で、高杉の負けん気をくすぐられ続ける。
この経緯は「高杉暢夫を送る序」に書かれている。
これは、教育的価値の高い文稿として多くの松陰の著述の中でも高い評価を得ている。

歴史に学ぶ


「人を見て法を説け!」と言う。将に松陰は高杉の人となりを見抜いて、説いたのである。
結果は「してやったり!」であることは、おおくの高杉を識る人々にとっては、首肯するだろう。ここに松陰の教育者の真骨頂とでもいうべきものがある。品川弥二郎しかり、入江杉蔵しかりである。

さて、掲題の原点に戻る。世襲の政治家は、「起業家」のような覇気や執念がない。血のにじむような努力をしなくても「地盤・看板」がある故、「土下座して、這いつくばる」ような信念の吐露がない。
加えて、世襲制の「うま味」を先天的に持っている。

二世三世の議員が跋扈する淵源がここにある。
本当に、この日本をどうする?の気迫はいずこに在りや?選挙区の支持者獲得に勤しむあまり、代表と代理をはき違えてしまっては困るのである。
「死と隣合わせ」の覚悟なくして、國家を背負えますか?恥の文化を保持する日本は、渾身の努力を時に妨げることがある。
きれいごとで、日本の舵取りをしようとすると間違えますよ!と言いたい。

なぜ吉田松陰が下田密航を企てたか?大変なリスクを冒してまで、挑んだか?

24.3.20松陰下田蹈海


日本人としての矜持を保持せんがための「捨て身」の行為であったのだ。
それが証拠に、幕府の評定所での取り調べに対して、「もとより、万死は覚悟の上と意見を開陳している」。
松陰の赤誠に打たれた奉行は、寛典を以て処罰をランクダウンして、国元にて謹慎・蟄居を言い渡す。
松陰の「国を思う心に打たれたのである」。
日本の政治史を通観してみると、「私」的な政治運営手法がとられ続けてきたことがわかる。それも、常に天皇を利用してきたのである。
天皇の存在が侵されそうになっている現状打破に立ち向かったのが、後の天智天皇と藤原鎌足の策謀による「大化の改新」という、古代日本史の最大の政治的事件である。

藤原鎌足24.12.23

曽我氏の専横の危険を読んだ藤原鎌足の、洞察力と、果敢な行動が日本の危機を救った。


いま、政治家と称して国会議員に名を連ねる方々に、「歴史をこのように学ぶ」姿勢持っていただきたいものである。
当選の暁のバラ色に憧れるのではなく、日本国の為に「公の精神」を忘れずに願いたい。
公設秘書の人件費だけでも、一人当たり800万円を要すると言われる。3人で2,400万円です。
それは表向きの経費ですよ。
そのほかに私設秘書を数人雇用する。政党助成金だけで切り盛りできないから、「政治献金」を無限大に欲しがる。
日本に本当の政治家が育たない淵源ともいうべきものがここらへんにあるように思えてならない。
今日は、年末でもあるので、何時もと趣向をかえた記事を書いてみた。


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