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「吉田松陰と現代」を考える
【2013/03/26 13:36】 エッセイ
吉田松陰と現代「連載①」

吉田松陰全集に「上書」として、①明倫館御再興に付き気附け書、 ②水陸戦略、 ③文武稽古萬世不朽の御仕立氣附書、の三つの上書が収載されている。

此の中で、とりわけ掲題と関係あると思われるものを記述してみる。

吉田松陰25.11.09


先ず①で文武稽古の儀は國の盛衰の關る事に候へば、何分ともに永久にして萬歳の後迄も保ち候様之れなくては相濟まざる事に存じ奉り候。總じて事の敗れは君子野に在り小人に在るより起り候へば、干要は選擧の道に之れあるまじくと存じ奉り候事。

【解説】江戸期の統治階級の武士は「士道」の認識の下に励まないと、「人の道」(ここでは武士)に背くことになり、怠慢は相済まざる事といっている。したがって、身分の世襲制の弊害を克服するには人材登用が行わなければならない。

太平久しく候へば、物事繁文に赴き先例舊格に泥(なず)み、却って實事に疎く相成り候て翻意を失ひ候事之れあるべく候へば、上覧・御參堂等諸事簡易を宗とし、時措の宜に随ふ事干要に存じ奉り候。但し簡易と申し候ても太古の無為抔と申す譯にては全く之れなく、只虚文を殺ぎて實事に歸するのみに御座候。

【解説】太平の打続く世は、保守的(進取の精神無し)となり、先例がないとして物事の大切な事か否かの吟味や判断が行われにくく、「きまり」が繁雑になって枝葉末節に流れている。簡潔こそを心掛けるべきである。ただ、物事の軽重や表面的なことを修飾するのではなく、実学的発想こと肝要である。役に立たない学問への辛辣な批判的意味が込められている。
明倫館25.3.26


これは毛利藩の藩校「明倫館」(江戸中期に開校)を移転拡張して國運(毛利藩)の隆盛を期し、現在地に再建した時に松陰が書いた「上書」である。
時に嘉永元年。松陰が兵学師範として独立した翌年の意欲作とみてよい。
「孔孟箚記上下」


松陰は幼時から「孟子」を勉強させられたが、その『講孟余話』のなかでも、「人と云うのは、順境にあっては怠け易く、反対に逆境にあっては必死に努力するものである」という意味のことをいっているが、武士は治者階級としての職分を尽くし、尚且つ己を修めることに厳しく生きなければならないと自分に言い聞かせていた。事実、かれの生涯はこうした考えに貫かれていたのである。
これは連載してみたいと思う。
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