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「楫取素彦人物伝」②
【2013/07/07 17:18】 エッセイ
「吉田松陰全集に見る楫取素彦・人物像」

「吉田松陰全集」の「小田村関連」(松陰在世中は楫取の改名前:改名は慶應三年)記事を調べて見ると、下記の如く沢山の関連記事がある。これは松陰が妹婿の小田村伊之助を如何に信頼していたかという事の証左になる。
書簡数も28通と云うのは、兄の梅太郎に次いで多いものである。
小田村伊之助


小田村は松陰の妹婿であって、松下村塾における、いわゆる門下生ではない。それなのにこれだけの「文稿」及び「書簡」が残されているのは、兄の梅太郎あての書簡を除けば「突出」した数量である。
定本吉田松陰全集


松陰の「文稿」で特徴的なのは、「士毅に與ふ」という題目が示すように、宛名をキチンと書いて、自分の思う所や言いたいことを相手に伝えるのが多く、「與ふ」とした記事が相当数ある。
門下生にも「與ふ」と題したもの、または「送る叙」という送序文が多いのも特徴であり、此れが彼の「感化力」の源泉になっている場合が多い。こうした手段を用いで、人の心をとらえて離さないもの大きな特徴である。

門下生が「尊敬する師」から、心の籠った送序文を贈られたら、大いに発奮するであろうことは容易に想像されるところである。同時に、「名文」が多いことである。教育者たるもの、門下生の人となりを見抜いて、それに相応しい文章を書き与えている。俗に「人を視て方を解け」といわれるが、吉田松陰は将にその「名手」であった。

吉田松陰を特徴づけるものは、いくつか考えられるが先ずは、自然体で書かれているように「名文家」にして、「名語録」といわれるものが多い。
また、よくぞこんな言葉をと思うほど難語が次々と出て来るのも松陰の特徴であろう。「万巻の書」を読破しただけに、語彙が豊富であることも、松陰の特徴である。また、儒学を学んだことから、「長幼の序」を弁えた文章である。尊敬語、謙譲語。丁寧語等が多いのもそうである。読む者をして、引きつける文章である事。「心の籠った」文になっている。
そうでありながら、背伸びした自分を飾る文が少ない。こと等々である。
松陰正装画像

では、小田村関連の記事が収載されているものを列記してみる。


                

① 小田村士毅の相模に役するを送る序(全集2-377)
② 偶記 十二月十六日「戊午幽室文稿」(全集7-4-480)
③ 念七、小田村士毅に與ふ 十二月二十七日「戊午幽室文稿」(全集4-491)
④ 別筵の作 「戊午幽室文稿・附録」(全集4-508)
⑤ 松陰と別る、是の夜耿々として眠りを成さず、
此れを書して自ら遣る (四種)
⑥ 「戊午幽室文稿」中、「嚴囚紀事・投獄紀事・同附録」多数。
⑦ 士毅に與ふ「己未文稿」(全集5-132)
⑧ 士毅に與ふ「己未文稿」(全集5-161)
⑨ 子遠に與ふる俗牘の後に書す「己未文稿」(全集5-164)
⑩ 士毅に與ふ「己未文稿」(全集5-190)
⑪ 子遠等の東走るを議す 村士毅に贈る 二月九日「己未文稿」(全集5-207)他多数
⑫ 『留魂録』16章、(全集6-295)
⑬ 全集第七巻、第八巻(書簡集)に多数。全630通の内28通が小田村又は連名の宛名。
⑭ 東行前日記、十六日(自賛を作る)、(全集9-543)
⑮ 東行前日記、彝堂村君に與ふ、(全集9-552)
⑯ 東行前日記、村士毅に與ふ(全集9-554)
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