長谷川勤のインフォメーション・ブログ
維新の先覚者「吉田松陰」研究のやさしい入門ブログ

プロフィール ×

kinnhase

Author:kinnhase
長谷川勤のインフォメーション・ブログへようこそ!


最新記事 ×

最新コメント ×

最新トラックバック ×

月別アーカイブ ×

カテゴリ ×

寡黙な父からの「諫め状」
【2013/12/02 23:17】 エッセイ
『父・杉百合之助から松陰へ』の書簡

普段は、松陰の兄梅太郎に全幅の信頼を置いて、自ら筆を執ることのなかった父親。それが、門下生との考え方の齟齬を来して、松陰が「絶食」に入った報に接したため、緊急に書簡をしたためた。短文なので、そのまま記して見ます。

安政6年1月25日付けの書簡で、前日から松陰は絶食に入った。直接命に係わる大事だけに黙視できなかったのだろう。
吉田松陰「海原徹著」


同日付けで「母からの書簡」も書かれている。絶食を思いとどまるよう、祈る両親の思いが綴られていて、読む者をして感涙を誘う文面である。此の時、父百合之助は、病を得ていて、杉家は種々の困難な状況下にあったのである。また、母からの書簡は次回に記します。

なお、絶食の理由は、草莽崛起の実践として「間部詮勝暗殺計画」や「伏見要駕策」とうの一連の決起行動の提唱にたいして、門下生が今はその時期ではないとの考え方を連名で江戸から送付してきた書簡に対して松陰は、受け入れなかったことに端を発する。
『江戸居の諸友久坂・中谷・高杉なども皆僕と所見違ふなり。其の分れる所は僕は忠義をする積り、諸友は功業をなす積り』の有名な書簡「某宛・安政6年正月11日」の書き付けの13日後に絶食にはいったのである。
杉百合之助



愚父事も病気全く平癒、一昨日国府相へ快気届に罷り出で、御手元唐船方其の外御用所内へ回礼相済ませ、昨日は内居休息して、今日は早朝より回礼に罷り出で薄暮比罷り帰り候処、御同囚安富氏より報じ候趣、夕飯後に塾へ申し参り候由にて、小田村・佐世・岡部諸人殊の外愁嘆、種々心配仕り候処へ拙者帰り来り、梅太郎を其の元へ遣はし食事等御勧めいたし、現場見届け候て孰れも安心仕り度く、早速梅太郎呼びに僕を登らせ候へども、行先相分り申さず、只様猶予に相成り候に付き、徳民差越され候間、何卒父母・叔父等の異見御用ひ、母より送り候品御食し祈り申し候。此の度の思ひ立ち甚だ宜しからず、短慮の至り、委細は文之進其の外より存じ寄り申越し候に付き、号泣して之れに御従ひ、猶ほ己れを捨てて同志の人に御従ひ祈る所に候。可祝。
二十五日
百合之助
寅次郎様

関連記事
スポンサーサイト


この記事に対するコメント

この記事に対するコメントの投稿














管理者にだけ表示を許可する


この記事に対するトラックバック
トラックバックURL
http://kinnhase.blog119.fc2.com/tb.php/282-b1434d70
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)


サイドメニュー ×
メニューA  メニューB

検索フォーム ×

RSSリンクの表示 ×

リンク ×
このブログをリンクに追加する

ブロとも申請フォーム ×

この人とブロともになる


QRコード ×
QR