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「吉田松陰と村田清風」
【2014/05/04 19:18】 エッセイ
「吉田松陰」と「村田清風」

幕末の「長州藩」を西南雄藩に押し上げたこの二人は、年代的にも時代的にも遥かに村田清風が先輩で、吉田松陰全集にも大先輩の村田清風に敬意を払った書簡や、小田村伊之助に「清風の伝記を依頼」した書簡が収載されている。試みに、松陰の清風宛の書簡を記して見る。
村田清風


嘉永四年三月五日以前(カ)
先日は龍門に登り御教諭縷々之れを承り、本懐に存じ奉り候。扨て又尊語一葉御恵投仰せ付けられ欣領且つ服膺仕り候。芳翰中、「時や失ふべからず」の一語、頂門の一針と厚く忝く存じ奉り候。發程前塵事紛冗仕り拝謝迄、草略し奉り候。尚後音を期し奉り候。情事多緒、禿毫の能く盡す所に御座なく、御炳亮萬祈り奉り候。  矩方再拝。
尚々申上ぐるも疎かの御儀に存じ奉り候へども、道の為め御保重祈り奉り候。  以上
村田松齋先生帳下

この書簡の文意を現代語訳してみると、「先日は先生邸訪問時、こまごまと教えを賜り、本望で御座いました。砲術の教えの印章を頂き、謹んで拝受、座右の銘としたく存じます。御手紙に在りました『時や失うべからず』の言葉、頂門の一針と深謝いたします。江戸への出発前の諸事の御示唆に感謝申し上げます。略述の御手紙ですが、江戸に参りましたら御手紙を書きたく存じます。色々と書き尽くせませんが、ご賢察下さい。道(藩政治)のため、お体大切に願います」。

と言った程の文意である。嘉永四年の江戸修業への出発前に、村田清風邸を訪問し、兵学(砲術)を始めとした、世上の事や世界情勢等々万般にわたる助言を頂いたお礼の手紙である。この時、清風は天保改革の指揮を坪井久右衛門に譲っていたが、なお藩政への御意見番として重鎮のままであった。松陰の将来を嘱望していたことからの、後事を託すような示唆に富んだ教えを伝授したものと解される。
また全集第十巻の「関係人物略伝」にも次のように記されている。『清風は長藩近代の大政治家にして、改革の領袖として後進崇敬の的たり。松陰も青年時代に清風に見えたこともあり、深くその人物に敬服す。清風亦松陰に嘱望し鼓舞激励したり。安政二年五月二十六日歿す。享年七十三。』とある。
青年、吉田松陰が敬慕しつつ、期待に応えようとしている書簡である。因みに、松陰が下田蹈海に失敗した時も清風は理解ある態度であった。二人だけが心の中で会話できる、大先輩と若者の暖かい関係であった。

松陰正装画像
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