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『吉田松陰評』
【2014/12/23 11:56】 エッセイ
『吉田松陰』

明治以来、個人の伝記がこれほど刊行された人物は,福澤諭吉と並んで恐らく第一位を占めるのではないか。とりわけ、来年度のNHKの大河ドラマで彼の妹を主人公として取り上げるので、最近の書店の店頭には松陰本が並んでいる。慶應義塾を創設した福澤諭吉は、これとは別の意味で創立者研究という観点から膨大な書籍、論文、果ては事典の類いまで網羅的に刊行されている。しかも、「福澤諭吉研究センター」が三田の構内に設置されている。
こうした、特殊な環境の下であるから、吉田松陰のような人物とは、単に「多くの伝記刊行物」として並列的には論じられない。
だが、慶應大学に在っては偶像視に近い物がある割には、一般市民受けしない。市民大学講座などで採り上げても、聴講希望者が意外と少ないのである。その点では、断然吉田松陰の方が人気がある。

『杉家本・吉田松陰』

先日、「アマゾン」で吉田松陰を検索して見たら、余りにも沢山あるので驚いてしまった。然し、それらはあくまで「解説案内」的な内容であって、松陰の人物像に迫るものではない。作家の古川薫さんがいみじくも言っているように、松陰の全体像を描くことは殆ど不可能に近い。従って、ある視点からの研究から取り上げるしかない、明治13年イギリスのスティーブンソンが「ヨシダトラジロウ」を書いて以来、今日まで雑誌の類を含めれば500を超える研究本、解説本、論文等々が書かれているに違いない。

中公新書に、田中彰さんが「吉田松陰」を書いている。これは、明治以来の主だった研究本が、時代の変遷と共にどのように描かれてきたかを紹介している。吉田松陰を知るには格好の本である。然し、その田中さんも吉川弘文館の人物叢書で吉田松陰を執筆予定だったようだがついぞ実現していない。それだけ一人の人物の全体像を書くことの難しさを意味しているのかもしれない。一方。ミネルヴァ書房の「日本評伝選シリーズ」では、刊行の第一号に吉田松陰が出版された。著者は現在の松陰研究の泰斗「海原徹」先生である。出版社によると、松陰が売れ行きの第一位を占めているという。それだけ根強い人気があるわけだ。

いろいろな書かれ方をするが、最も変わったところでは岩波書店刊行の日本思想大系の吉田松陰の解説を書いた藤田省三さんだろう。彼によれば、松陰は思想家とは言い難く、「行動の人」であり、「構成の人ではなくて」「気概の人」であり、状況の真っ只中に突入して行くことを得意とした「ひと」であったという。だから彼の書物は体系的な著作ではなくて、彼の目指す当面の方針であり、情況に対する彼の反応であり、人々への説得であり忠告であり、総じて尽く彼自身の精神状況と行動様式を直接物語るものなのである。その意味で彼には「主著」なるものは無い。大概の人はこの解説文を読むと驚くだろう。ここで解説者が推薦している良書は、「徳富蘇峰」と「関根悦郎」の吉田松陰である。徳富の吉田松陰には既に評価の定着したものとして研究者の何方もが指を折る。然し関根悦郎については高評価をした本に出逢えない。マルキストという独特の視点から松陰の内面的展開を丹念に追っているというのが高評価だという。

いずれにしても、西欧列強の進出により植民地化への恐れがあったことに対し、独立を守るために懸命になって行動した結果が、29年という短い生涯となったので、己の命を懸けた覚悟の行動に喝采を送ることで、あれこれ理屈をつけて欠点と思しきものをあげつらうのは、どこか人気に対する嫉妬心みたいなものが感じられて素直に読めない。人は神ではない。欠点も長所も、喜怒哀楽も、様々に秘めている。そして江戸期の身分制社会に忠実に生きようとしたのでなかったか。同時に日本の良さを再発見した一人で、懸命に生を燃焼させた人であったことでよい。そこの難しさが、松陰を語る人が少ない理由の一つで、彼方此方から略伝なり人となりを聞きたい関心を喚起するのであろう。
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