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松陰の『嫁ぐ妹・「文」へ贈る言葉』
【2015/01/09 16:32】 エッセイ
安政四年十二月五日、師の松陰から「防長年少第一流」と評価されていた久坂玄瑞は松陰の妹・「文」と結婚した。
松陰が望んだことだけにさぞ喜びも大きかったに違いない。
久坂18歳、文15歳の時であった。

この日、兄の松陰は久坂に嫁ぐ妹あてに「贈る言葉」を書き与えている。
短文なので、全文を吉田松陰全集から転記して見る。

『文妹久坂氏に適くに贈る言』安政四年十二月五日

久坂玄瑞は防長年少第一流の人物にして、固より亦天下の英才なり。
今少妹の穉劣(ちれつ)なる、其の耦に非ざるや審らかなり。
若い楫取美和子


然れども人は自ら厲(はげ)まざるを憂ふ、自ら勵み自ら勤めば何すれぞ成らざらん。
況や婦道難きに非ざるをや、唯だ其の為さざるを憂ふのみ。
酒食是謀り、父母に罹(うれひ)を詒(のこ)すことなく、麻枲意繭(まししけん)、宮事に違ふことなかれ。
乃ち貞節専心のごときは嫁の初めに在り。
今世禮教振はず、再醮改適(さいしょうかいてき)の恥たるを知らず、緇衣涅歯(しいでっし)の何故か知らず。
吾れ曾て少妹の為めに班氏の先進篇を講ずること詳かなり。是れ則ち婚禮の第一義、少妹須らく怠ることなかるべし。
此れを過ぎてより外復た憂へず、而して少妹の穉劣なる、以て天下の英才に耦すべきもの、此の道是なり。
少妹の初めて生まるるや、玉叔父實に撫し、之れに與ふるにその名を以てす。阿文の稱、蓋し偶然に非ざるなり。
汝の一姉千代は勤苦克く家道を修む、吾れ則ち之れを敬す。
阿壽は敏慧、小田村氏に婦するを得たり、吾れ則ち之れを愛す。
汝生るること獨り晩く、吾れ最も之れを憐れむ。
行餘に書を読みて粗ぼ大義に通じ、以て阿文の稱に副はば、其れ其の可なるに庶幾(ちか)からんか。
然れども婦人の書を讀むは男夫と同じからず、是れ則ち夫子在(いま)し、父母在せばなり。

『吉田家本・吉田松陰座像』


安政丁巳臘月五日、納徴親迎、禮皆嘉成す。
父母伯叔の贈言具に悉(つく)せり。次兄寅二ここに於てかこれを言ふ。

これを読むと、文の命名の由来は可愛がった叔父の「玉木文之進」の一字をもらったことが解かる。
防長年少第一流の久坂に嫁ぐには、婦人の道を心得て励めと激励をし、皆に喜ばれる婦人となってほしいという松陰の兄としての愛情が伝わって来る。

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