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松陰の夢(その2)
【2010/08/12 17:34】 エッセイ
松陰の代表的な著作『幽囚録』の要点と、簡単な解説文を書いてみました。

吉田松陰は多くの時務論を書いている。その中でも『幽囚録』は重要な論文です。下田の密航の背景、外夷への対処に関する考え方を知る上でも極めて重要で、松陰の思想を知るのに不可欠である。
松陰


「今は則ち膝を屈し首を低(た)れ、夷の為す所に任す。國の衰へたる、古より未だ曾て有らざるなり。」や「外夷悍然(かんぜん)として来り逼り、嚇然(かくぜん)として威をなす、吾れ則ち首を俛(た)れ気(いき)を屏(と)め、通信通市唯だ其の求むる所のままにして・・・豈に外に制せらるることあらんや。」の記述は対等の国家関係を望んでいるのが解る。そして、「象山常に春秋の義を引き、城下の盟を以て國の大恥と為す。下田の議を聞き、愈々益々憂憤す。・・・予が航海の志、実に此(ここ)に決す。」と象山と同じ考え方だったことがわかります。(全集第二巻37頁、幽囚録)
※ 「城下の盟」:屈辱的な開国。敵に城下まで攻め寄せられて結ぶ講話。(『左伝』桓公)

神国日本のプライドを傷つけること、この上ない無礼なペリーの態度を怒り、さらに幕府の卑屈な態度をも責めている。恐らく、当時の日本人でペリー来航を最も由々しいことと受け止めた一人でしょう。この他の文献にも同様の思いや、建白書にも記述が見られます。

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