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吉田松陰『留魂録』
【2015/07/23 22:26】 エッセイ
「安藤優一郎」著『吉田松陰留魂録』

掲題の本が、「PHP」文庫から刊行されている。最近購入して一気に読んだ。とても良い本である。
評伝風の記述なので、著者の観点からの著述であるが、吉田松陰を知る者にとっては、素晴らしい出来栄えの本であることは間違いない。原点からの引用が殆どない本である。だから、疑ってかかれば、限りなく「面白くない」本であるとの印象が付きまとうかもしれない。しかし、私には素晴らしかった印象である。読後感が素晴らしい、同時に『留魂録』のみの記述でなく、それが松陰の言う『志の継承までもカバー』されている。
主だった松下村塾の門下生の一人一人をとりあげて、どのように受け継がれたかまで書かれていて、私には非常に感銘深い本となった。著者に敬意を表する次第である。

150724安藤優一郎留魂録

吉田松陰を有名にしたものは、「松下村塾での奇跡の教育」、「草莽崛起の提唱者」、「遺著として門下生宛に留魂録を書き残したこと」、「海外渡航禁止(公法でなく徳川の私法)を犯して先進諸国の実態調査を目論んだ下田蹈海」、があげられるだろう。

その中に在って「留魂録による志(尊王攘夷)の継承」は比較的人口に膾炙されているとは言い難いだろう。しかし、文書として残したが故に、松陰の名を不朽にしているともいえる。しかも、処刑直前に書かれただけに、価値が高い。

一般に、翌日に自分が処刑されるという緊迫した精神状態にあって、同一の文を二通書いたところが凡人の常識を遥かに凌駕するところである。その「精神力」に畏敬の念を抱かざるを得ない。しかも、門下生に向けて、諄々と説いている文体に驚きを禁じ得ないのである。「自らの死を以て吉田松陰の教育を完成させた」という言い方も可能である。吉田松陰自身が、「未完成」でありながら、このような教育事業を成し遂げただけに、その価値が倍増するのかもしれない。それにしても「教育における感化力」の素晴らしさに、驚きを禁じ得ない。最も期待した『松下村塾の四天王』が、誰一人、大政奉還を見届ける事が出来なかったのである。

勿論、自身が死んで見せたことが与かって力あることは間違いないのであるが、それにしてもお見事な覚悟である。普通、人間にとって何が怖いか?と問われれば、即「死」であると応えるに違いない。しかも、「死を覚悟」してからの十日余りの期間に書き残したものに、「死の恐怖」や「生への執着」的なものが殆ど見られない。反対に、自己の三十年間の生命の完全燃焼に満足しているかのようである。「澄み切った心境」さえ窺がわれるのである。この世に生を受けて、やるべき事は全てやり尽くしたとも受け取れる著作である。愛弟子の高杉に教え諭した通りに死んで見せた。これが、後に高杉が歴史に名を残す原動力になるのである。

昭和45年11月に、作家の三島由紀夫が割腹自殺を遂げた時、「人は思想に殉じて死ねるか?」と、ある文芸評論家がコメントを寄せていたが、現代人と決定的に異なる所は「士道論」である。またの呼び名を「武士道」というが、辞世の句が普通に私達が理解しているものと、断然違うのである。誠に天晴な人生としか言えないだろう。それゆえ、吉田松陰の名は永遠に消え去ることは無いだろう



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