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【吉田松陰の死罪覚悟】の書簡
【2015/10/11 18:46】 エッセイ
『尾寺新之丞宛』書簡』   安政六年十月十七日   松陰在江戸獄 尾寺在江戸

この書簡は、評定所からの四度目の呼出しの翌日に書かれたもので、松陰は前日の評定所で「口上書書判」を奉行より求められた。既にこの日の十日前に頼三樹三郎、橋本左内が死罪になっている。松陰は、二度目、三度目の取り調べが穏やかであったので、判決を楽観視していた。重くて遠島か他家預け、軽ければ国元蟄居だろうと考えて、門下生に書簡を出していた。ところが、今回は一転して厳しい雰囲気で、口上書に書判せよと迫られる。自白した内容と異なっており、論争になったが、適当に修正したのみで肝心の部分は書き改められていない。一説には老中の判断は遠島であったが、井伊直弼が朱筆で死罪と書き改めたとも言われている。その結果、松陰は「安政の大獄」の最後の犠牲者となるのであるが、この書簡は松陰が死罪を察知した書簡内容として重要なものである。以下、全集より転記して見る。
吉田松陰結跏趺坐小


一翰呈上仕り候。私儀昨日呼出しにて口上書書判仕り候。然る處存外の儀ども之れあり、今更當惑は仕らず候へども、屹と覺悟仕り候。最前七月九日入牢の説申し立て候内、間部侯在京の節同志連判罷り登り旨趣申立て度き段取工(たくら)み候へども、事未だ遂げずして國元にて入牢仰せ付けられたる段申立て候處、三奉行席を改め、多人數連判せしは御取用ひ之れなく候へば刃傷にも及ぶべき存念なるべし。軽からざる御役人へ對し大膽至極なり、覺悟しろ、吟味中揚屋入り申付くるとの事なり。此の時は小生も勿論覺悟致したり。其の後九月五日呼出し色々御吟味之れある内、先日必死の覺悟にて上京仕るべ段相計り候が、必死と云ふ所今一應詳かに申出づべしとのことに付き、七月九日に刃傷にも及ぶべき存念なるべし仰せ懸けられ候に付き、その段申し開くべき儀に候へども、揚屋入り仰せ付けらるとて御引落しに相成り候儀に付き、又重ねての御吟味の節と思ひ延し罷り下り候。全體必死と覺悟仕り候故は、蟄居の身分にて是れ等の儀取計ひ候上は勿論事敗露する時は一死國に報ずる外之れなくと申す譯にて、人情に及ぶと申す儀には全く之れなき趣申立て聞取りに相成り候。其の後昨十六日口上書讀聞せを承り候へば、下総殿へ趣旨申立て御取り用ひこれなき節は刺違へ申すべく、警衛人數相支へ候はば切拂ひ候て御輿へ近づき申すべく云々の趣。之れに因り小生云はく、刺違へるは思ひも寄らず、切拂ひと申す事も志に之れなき事、口に云はざる事と大いに辯争致し候所、然れば下れ、後に又申し聞けることありとのことなり。左候て総人數、口書相濟み候後又々呼出しに相成り又讀聞かせの趣は差違へのことは除き切拂ひと云ふ事計りなり。僕又大いに辯争致し候所、遂に口上の事はどちらへ違うても罪科の軽重に預る事に非ざれば、迚もの事に其の方の申分通りに致し遣はすべし、併し他の文言に存念なきかとて、末文の所兩度御讀聞せ之れあり候故、志になきことは口に發せぬ事は何分にも一字も受け難く、仰せ懸けられ候儀何ぞ敢て拒まんと申し、書判致し候。末文の處「公儀に對し不敬の至り」と申す文あり、「御吟味を受け誤り入り奉り候」と申す文あり。迚も生路はなきことと覺悟致し候。右初日七月九日と昨日と三奉行出座なり。九月五日と十月五日とは吟味役出座なり。吟味役寛容の調べは全く無用に僕をだました計りにて、石谷・池田其の外最初見込みを付けた所は首を取る積に相違なく、刺違と切拂との四字を骨を折って抜き候へども、末文の改まらざるをみれば矢張り首を取るに相違なし。不敬の二字餘り承り馴れざる文なれども、不届など云うよりは餘程手重き事に考へれれ候。鵜飼や頼・橋本なんどの名士と同じく死罪なれば、小生においては本望なり。昨日辯争に付いては隨分不服の語も多けれども、是れを一々云ふも面白からず、只だ天下後世の賢者吾が志を知って呉れよかし。
右の趣一寸御報知申上げ候。この書は御一見御返し頼み奉り候。下に委細申上げ候。以上。
     十月十七日                         寅二拝

昨日金六方まで御出で下され候趣、尾君か、高君か。金六より詳に承るに暇なし。然る處今日又々御出下され候由に付き此の書を認め候。○高君十五日定めて御出足とは存じ候。是れ亦御知らせ下さるべく候。○高君御出立後なれば小林の書は此の方へ御返し候とも宜敷く候。○小生昨日口上書書判仕り候。委細の儀は申上げ兼ね候へども存外の儀之れあり、迚も軽典には参らざるに付き屹と心中に覺悟の處後日申上げ候様仕るべく候。いづれ十日を出ず落着と存じ候。○五日程同居致し候(阿部十郎家来なり、神田橋外なり。勝野保三郎昨日申口相立ち出牢相成り候。此の人勝野豊作の弟にて行年二十二、才氣ありて純粋なる男子後来頼母敷く、去年以來在獄にて、僕投獄已來時々音信致し候へども未だ心事を盡さず候處、四五日同居、大いに學事を論じ懸け候所出牢残念なり。此の人の事御物色下さるべく候。○別紙の趣、飯田兄へ一と周旋御願仕り候。出來難く候へば強ひて願ふにも非ざれども、何卒かく致し度くと申す事に御座候なり。
      十月十七日                      松陰拝
  尾新兄  足下  
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