長谷川勤のインフォメーション・ブログ
維新の先覚者「吉田松陰」研究のやさしい入門ブログ

プロフィール ×

kinnhase

Author:kinnhase
長谷川勤のインフォメーション・ブログへようこそ!


最新記事 ×

最新コメント ×

最新トラックバック ×

月別アーカイブ ×

カテゴリ ×

【佐倉稲門会講演会】
【2016/02/12 19:34】 エッセイ
佐倉稲門会

2016年2月26日、「佐倉稲門会」から「吉田松陰」を語れとの依頼がありました。NHKラジオ放送を聴かれた方のご提案からこの話が具体化したとのことでした。
流石に天下のNHKだけあって、その反響は大きいものがあるのだと感じた次第。精一杯やって、「聴いてよかった」と満足していただけるよう準備をしっかりやって臨みたい。
90分が短く感じられるようになったら成功と言える。今年も講演会や講座など、いくつか依頼を頂いている。ありがたいことです。
これはその【レジュメ】です。
これの裏付史料(資料)として、
①『福堂策』=人、賢愚ありと雖も、一二の才能無きは無し。
②『士規七則』=志を立つるは万事の源為り。
③ 『松下村塾記』=奇傑非常の人の育成と、學は人たる所以を学ぶ為り。
④『高杉暢夫を送る叙』=江戸修行に旅立つ高杉に書き与えて「唯一の玄瑞失うべからず、率直に語り合え!」。
の四資料を駆使して語る予定。『留魂録』については、市販の書物(古川薫著・講談社学術文庫).
松下村塾についても同じ(古川・講談社)で、説明してご自分で読んでいただけるよう、ポイントの説明にとどめる予定です。


吉田松陰と松下村塾

『杉家本・吉田松陰』松下村塾24.4.25



(1)、松下村塾の母体としての「獄中教育」・「福堂策」
   ①、下田蹈海の失敗と藩獄(野山獄)収監中の松陰。長州ファイブ。
   ②、「福堂策」に転化した「獄中勉強会」と松陰の人間観。
   ③、松陰精神の原点としての「山鹿流軍学者」と「松下村塾」の眼目。

(2)、入門者たちと「松下村塾主宰者」としての吉田松陰
   ①、免獄後の「杉家幽囚」と『孟子』講義、「講孟余話」について。
   ②、集まりくる近隣の青少年たちと「教育の名手」としての吉田松陰。
   ③、松下村塾で何を教えたのか。「個性尊重」と「師弟同行」。
   ④、「志を立てて以て万事の源と為す」。「学は人たる所以を学ぶ為り」。

(3)、「志」の継承者たち
   ①、松下村塾の四天王(久坂、高杉、稔麿、杉蔵)と「奇傑非常の人」育成。
   ②、『留魂録』と「松陰の死生観」の教育的意味を考える。
   ③、松陰死後の塾生たちの奮起と長州藩。
   ④、「草莽崛起」の発展形態としての「奇兵隊」の意義。

(4)、「明治政府の指導者」たち
   ①、明治新政府に松下村塾出身者を登用した「木戸孝允」の功績。
   ②、「大久保利通」路線の継承者としての「伊藤博文」初代総理大臣。
   ③、「前原一誠」から「山県有朋」(明治陸軍の建設者)へ。
   ④、品川彌二郎、野村靖、山田顕義他の国家指導者たちの活躍。

当日(2月26日)は快晴の中、佐倉到着。副会長の駅に出迎えを受ける。稲門会と三田会の合同という事から、三田会への配慮も依頼される。松陰を「維新の先覚者」とすれば、福澤諭吉は「明治文明の魂」を啓蒙した立場という事で、明治維新の立役者としての功績の共通性がある。そうして、あの時代に逢って「女子教育」にも教育を受けさせるべきとの考えを共に抱き、実践(書籍刊行や親族への講話等)したところも共通性がある。さらに、封建身分制度が障害になっていて、人材活用を教育によって打破して行こうとする人生観や、当時に逢って海外情勢をいち早くつかんで西欧列強に伍して行く国家建設への展望を持っていた、いわば世界観にも二人の共通性を見出すことが出来るのでとっさの判断だが、取り入れる。今から八十年前の二月二十六日は、大雪があり、昭和維新を唱えた一部軍人たちの反乱という昭和史に残る大きな事件のあった日である。

講話内容は、主として松下村塾の教育による人材育成を語って来たが、幕藩体制の行きづまりと海外情勢への対応の変化、そしてアヘン戦争情報の衝撃からペリーの来航による砲艦外交によって開国させられた背景と、先進諸国の東漸の実態を語る。「国防」を以て毛利藩に仕えていた松陰が何故、鋭く反応したか?そして侵略への危惧から密航を企てるも失敗。野山獄に収監されたなかで、囚人たちとの獄中勉強会が、免獄後の松下村塾の母体となった背景を語り、難局への対応は教育によって人材を育成する松陰の「松下村塾教育」をメインテーマへと語り継ぐ。そうして無断勅許を巡って噴出した批判を武断的に抑え込もうとした安政の大獄を引き起こし、其れに連座しながら獄中で書いた遺著としての留魂録を残した意義と門下生への奮起が近代日本誕生への契機となり、数多の門下生が牽引する明治近代国家が誕生した経緯を詳しく語った。

流石に稲門会、三田会だけあって熱心に聴講頂いた。多くの方がノートを取ながらであった。その分、こちらも次第に力が入り、熱演状態になった。質問も徳富蘇峰の吉田松陰についてあったが、これは丁寧に経緯とその後における影響等の関連を交えて説明した。終了後の懇親会で歓談しながら、講演で語りきれなかった部分等、活発な意見交換となった。良い一日であった。
関連記事
スポンサーサイト


この記事に対するコメント

この記事に対するコメントの投稿














管理者にだけ表示を許可する


この記事に対するトラックバック
トラックバックURL
http://kinnhase.blog119.fc2.com/tb.php/345-ebebf152
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)


サイドメニュー ×
メニューA  メニューB

検索フォーム ×

RSSリンクの表示 ×

リンク ×
このブログをリンクに追加する

ブロとも申請フォーム ×

この人とブロともになる


QRコード ×
QR