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『嗚呼忠臣楠子之墓』 松蔭東行日記
【2016/03/24 16:34】 エッセイ
『嗚呼忠臣楠子之墓』   嘉永四年三月二十一日  湊川神社に楠公の墓碑を拝して後

嘉永四年三月五日、吉田松陰は「軍学修業」のため、井上壮太郎と藩主の東行に従い、発駕に先だって江戸に向けて出発した。
翌日から中谷正亮と相携えて愉快な旅を続け、四月九日午前八時「長州藩桜田上屋敷」に到着しており、この間一か月余りの行程であった。
この前年秋に軍学修業の名目で、「平戸・長崎」に遊学し「葉山佐内」や「山鹿万介」に師事して多くの成果を得た。
この遊学は「西遊日記」として詳細に書き遺している。(吉田松蔭全集:第九巻収載)

この「鎮西遊学」では、特に葉山佐内の下で多くの書籍を読破したが、殆どが江戸で刊行されたものであることを知り、江戸行きを望んでいた矢先に、潘政府から修業生に選抜されて実現したものである。
萩を出発してから、江戸到着までの旅程行路の日記を詳細に記述したものが『東遊日記』である。
途中、三月十八日に湊川に至って、初めて楠公の墓を拝し「嗚呼忠臣楠子之墓」及び朱瞬水の撰した碑陰の銘の石刷を求めている(玖村敏雄・吉田松陰)。
そして三日後の二十一日に漢詩を作っている。
全集の「吉田松陰年譜」には、『三月十八日、始めて楠公の墓を拝し、感激して詩を賦す』。とある。
そこで松陰の賦した漢詩と、その書き下し文を記して見る。
160324嗚呼忠臣楠子乃墓


「松陰の賦した漢詩」
為道為義豈計名  誓與斯賊不共生  嗚呼忠臣楠子墓  吾且躊躇不忍行  湊川一死魚失水
長城己摧事去矣  人間生死何足言  廉頑立懦公不死  如今朝野悦雷同  僅有圭角之不容
讀書已無衛道志  臨事寧有取義功  君不見滿淸全盛甲宇内  乃為幺麼所破碎 
江南十萬竟何為  陳公之外狗鼠輩  安得如楠公其人  洗盡弊習令一新  獨跪碑前賛嘆息
滿腔客氣空輪囷


「漢詩 読み下し」
道のため義のためにす豈名を計らんや、
誓って斯の賊と共に生きじ。
嗚呼忠臣楠公の墓、
吾れ且(しばら)く躊躇して行くに忍びず。
湊川の一死、魚水(うおみず)を失ひ、
長城已に摧け事去(おわ)りぬ。
人間生死何ぞ言ふに足らん、
頑を廉にし懦を立たしむ公は死せず。
如今朝野雷同を悦び、
僅かに圭角あれば乃ち容れず。
書を讀むも已に道を衛るの志なければ、
事に臨みて寧んぞ義を取るの功あらん。
君見ずや滿淸の全盛宇内に甲たりしも、
乃ち幺麼(ようま)の破碎(はさい)するところとなる。
江南十萬竟(つい)に何をか為せる、
陳公の外は狗鼠(くそ)の輩。
安んぞ楠公其の人の如きを得て、
弊習を洗盡して一新せしめん。
獨り碑前に跪いて三たび嘆息し、
滿腔の客氣(かくき)空しく輪囷(りんきん)す。
150420吉田松陰


<語句説明>
躊躇=行きつもどりつする。ためらう。
長城=楠子(楠正成)を万里の長城に喩えたもの。また中国の南朝宋の将軍檀道済の故事(武帝に従ってすこぶる戦功を立て、征南大将軍となり、魏を破って司空[土地や民事を掌る官]に進んだが、彭城王義康に疑畏されて殺された。)彼はとらわれた時、頭巾を脱いで地に投げ「乃(なんじ)は汝の万里の長城を壊したり」と言ったをも含む。
廉頑立懦=『孟子』万章下篇首章に「故に伯夷の風を聞く者は、頑夫(がんぷ)も廉に、懦夫(だふ)も志を立つるあり」とあるによったもの。愚かで道理にくらい男を正しくし、気の弱い男の志を立たせているのだから、楠公の肉体は滅びても魂は生きているのであるの意。
雷同=事の良し悪しを考えずに他人の説に同意すること。
圭角=言語や行為などに角があって他人と融和しないこと。
滿淸=清(しん)のこと。国号を初め満州といい、後に清と改めたからいう。満州族が明を滅ぼして建てた国。
甲宇内=世界で一番であったが。
幺麼=ちっぽけなもの。ここでは戦争で香港を割譲させたイギリスをさす。
破碎=破りくだく。こなごなにくだく。
陳公=江南提督、陳化成。アヘン戦争の時力戦して戦死した。
狗鼠=いぬとねずみ。くだらぬ小人を喩えていう。
弊習=悪い風習。
滿腔=身中の血気はいたずらにふくれあがる。輪囷は高大な樣。
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