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『江戸期の対外関係』を考証してみる
【2017/02/07 22:56】 エッセイ
「江戸時代中・後期」の対外関係

徳川幕府は、慶長から寛永年間にかけて、段階的に外国との関係を絞り込んだ。最終的に残ったのは「オランダ・清国・朝鮮・琉球」の四か国となった。
慶應大学の「高瀬弘一郎」教授が、「ローマ教皇庁」の本部に秘蔵されていた「宣教師たちの往復書簡」を解読して、「豊臣・徳川」の治世時代に、日本が交易国を絞り込んだのは正しい政策だったとの結果的な証明を学術的に成し遂げた。ザビエルに始まり、ワリニャーニまでが日本に来日して、『日本の征服』を企んでいたことを思うと、この時期は将に日本の危機だった。これを学術的に研究し、高度な歴史学者としての研究成果として後世に残る偉業を打ち立てたことに敬意を表したいと思う。

170205織田信長170205豊臣秀吉170205徳川家康



「仮面をかぶった宣教師たち」の本来の姿は、「日本をキリスト教」で「乗っ取る」ことが野望であったことが論証されたのである。豊臣秀吉は、おそらく「直感」でそれを感じ取って「日本国の危機」を結果的に救ったということになる。徳川幕府の要人達も、遅かれ早かれ、それらの危険性を「それとなく察知」していたのであろう。キリスト教の布教活動を通じて『日本侵略・征服』しようとしたイエズス会の宣教師たち。ポルトガルやスペインがカトリックであったのにくらべ、新興オランダ王国が残ったのは日本にとって幸運だっと言えるかもしれない。この頃『無敵艦隊』といわれたスペインを破ったイギリス王国。ここから近世ヨーロッパの勢力地図は大きく変わる。オランダやイギリスが『東インド会社』を拠点にして東洋進出を図ることになる。そのオランダも『ナポレオン戦争』では、併合の憂き目にあうが、徳川幕府(長崎奉行)に毎年提出される『オランダ風説書』に、自国の没落ぶりを知らせるはずがない。嘉永六年の「ペリー来航」までは、オランダのペースで日本の交易や西欧情報を独占的にしていたが、幕府は『オランダ風説書』に詳細な記述を求めることになる。即ち『特別風説書』である。そうして、文久二(1862)年幕府の『遣欧使節団』に随行した福澤諭吉が目にしたものが『オランダの西欧社会での没落・衰退ぶり』であった。世界の勢力地図の変遷ぶりを、日本は情報不足で知らなかったのであった。

170208ローマ教皇庁170208高瀬弘一郎教授170208高瀬弘一郎キリシタン時代の研究(左から、ローマ教皇庁、高瀬弘一郎教授日本学士院賞、キリシタン時代の研究)




豊臣秀吉自身が、誇大妄想を抱いて「明の征服」という、途方もない野望を思い立ったのであるから、歴史は面白い。「明王朝」こそ、迷惑千万な話であったことだろう。幸に「明王朝」はその末期であった。間もなく「女真族の清」に王朝が交代する。「漢民族の屈辱感」は大きかったのに違いない。「漢字」、「漢民族」と言われるように古代中国の王朝の基を築き、今日の中華人民共和国に至るまで連綿と続く「漢民族」という支那大陸の支配者の矜持は、今なお隣接國家のみならず、「チベット自治区」などを覇道で抑え込んでいる。古代の「漢王朝」以来、異民族支配は「元」と「清」であったから、漢民族の矜持は異民族の支配は屈辱以外の何物でもなかったに違いない。

この背景をなすものが『中華思想』である。現在の世界観からは笑止千万な世界意識であるが、「井の中の蛙」よろしく、当たり前の考え方であった。その「大国意識」が近年になって、経済的実力を背景に世界制覇の野望を抱くようになってきた。
現在の「中華人民共和国」は、東西南北の隣接國家との「国境問題」という火種を抱えている。おそらく、かつての「中華思想」が根強く残っているのであろう。「アヘン戦争」の屈辱を思い出して、第一段階としての「東洋の盟主」を国際社会に認知させようとの狙いが見え隠れするように思うのは「うがった見方」であろうか? 古代中国の「冊封体制」の再現を願っているのであろうか。

170208中華思想図170210中華思想図



徳川幕府が清国との関係において、属国的な冊封体制を願っていたことを「知ってか知らずか」その渦中に巻き込まれなかったのは結果的に幸いしたといえるだろう。徳川や清国が「狭い世界観」で世界認識を十分に持たなかったことが、世界の大勢に遅れてしまった。
日本の幕末は、「ペリーの来航」をもって開幕を告げるが、清国はアヘン戦争の反省を怠ったがために(中華思想がそれを妨げた?)、日本に先を越された。「西欧先進国」の何たるかを研究しなかった「つけ」がそこの現れたのである。

日本が、「国家的な危機感」で成し遂げた『明治維新』を清朝末期になって見習おうとしたのだが、それは既に遅かった。日本を属国的な程度にしか思っていなかった清国は、「日清戦争」に敗れて、「西欧先進国」の科学的思考や、技術、文明の遅れを感じたはずである。
現在もなお日本の二十倍の領土を支配し、十三億人とも言われる国民を擁する「中華人民共和国」は、なお十分に国際社会での活躍や役割を果し得ていない。「眠れる獅子」のままである。

現代の国際情勢から洞察出来る事は、「世界平和」の実現は遥かに遠いものなのである。大国のエゴイズムが、「均衡による平和」というビスマルクの「国際力学」の上に咲いた花の側面が消えない所以である。その実現を見ないうちに「核戦争」という自滅の現象が起きないと誰が確信を持って断言できようか。危険な時代はつづくのである。
現代の地球上の姿は、間一髪の抑止力の支えられての「平和」が保たれているに過ぎない。
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