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『講孟余話』
【2010/08/19 19:19】 エッセイ
松陰の代表作「講孟余話」に素晴らしい文章がありますので、少しの解説を加えて紹介しました。
吉田松陰の著作中、最大のものは『講孟余話』である。これは、吉田松陰全集・大衆版では第3巻の全てをこれに収載している。また講談社学術文庫版『講孟剳記・上下2巻』(近藤啓吾全訳注)としても出版されている。
その「序」に大変有益な文が書かれている。
無題 2.jpg

『道は則ち高し、美し、約なり、近なり。・・・孟子は聖人の亜なり、其の道を説くこと著名にして人をして親しむべからしむ。世、蓋し読まざるなし。読みて而も道に得るもの、或は鮮(すくな)し。何ぞや。富貴貧賤、安楽艱難の累(わずら)はす所となりて然るなり。然るに富貴安楽は順境なり。貧賤艱難は逆境なり。境、順なる者は怠り易く、順境なる者は励み易し。怠れば則ち失ひ励めば則ち得るは、是れ人の常なり。吾れ罪を獲て獄に下り、吉村五明・河野子忠・富永有隣の三子を得て相共に書を読み道を講じ、往復益々喜びて曰く、「吾れ諸君と與(とも)に其の逆境なり、以て励みて得ることあるべきなり」と。遂に孟子の書を抱き、講究礱磨(ろうま)して以て其の所謂道なるものを求めんと欲す。司獄福川氏も亦来り会して善しと称す。ここに於て悠然として楽しみ莞然(かんぜん)として笑ひ、復た牆圜(かんしょう・牢獄)の苦たるを知らず。遂に其の得る所を録し、號して講孟剳記(さっき)となす。・・・抑々聞く、往年獄中政なく、酒に酗(くる)ひ氣をして喧豗(けんかい)紛争、絶えて人道なからしめたりと。・・・』
安政乙卯秋、二十一回藤寅これを野山獄北房第一舎に書す。(全集第3巻・11・12頁)

松陰は「人の道」を求めて止まない人であった。獄中の囚人と雖も孟子の「性善説」を持っているとして、獄中勉強会を始めた。教育を施すことで「再生・立ち直る」ことが、米国で行われていることを知っていた。(何処で知ったか不明)これが、有名な「獄中教育」となり、更に発展して「松下村塾」の主宰へと連なって行く。松下村塾の教育が「人間教育」であると言われる所以でもある。「努力即幸福」の境地だったのかも知れない。
普通なら、入牢で落胆してしまうのに、逆に人の道を求めて勉強会を催すという「破天荒な、離れ業」を実行したのであった。松陰が非凡な人物であったことがここにも見られる。

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