長谷川勤のインフォメーション・ブログ
維新の先覚者「吉田松陰」研究のやさしい入門ブログ

プロフィール ×

kinnhase

Author:kinnhase
長谷川勤のインフォメーション・ブログへようこそ!


最新記事 ×

最新コメント ×

最新トラックバック ×

月別アーカイブ ×

カテゴリ ×

「松陰の一文」
【2010/06/09 14:41】 エッセイ
親思う
以下、美しい松陰の親思いの一面の文です。
多分、万感の思いを感謝に託して詠んだのでしょう。
(長谷川勤「松陰随想集」から)

吉田松陰の尊皇詩
吉田松陰は幼児の頃から敬神家であった父、杉百合之助より「神国由来」、「文政十年の詔」を畎(けん)畝(ぽ)の中で諳(そら)んじさせられた。松陰にとっては将に三つ子の魂的尊皇の念慮である。これは、安政6年5月、幕府からの呼び出しを受けて、これまで慈しみ育ててくれた父親に心をこめて別れを告げる詩である。これが家族への最後の別離となった。
心のこもった詩であり、心を打たれる。松陰の人となりがこの詩から、よく読み取れる。松陰は家族思いの優しい人間性を備えた人物であった。万感が胸にこみあげてきて、涙を催します。恐らく、生きて再び萩の地を踏めないと覚悟して詠んだのではないかと思う。

「家(か)大人(たいじん)に別れ奉る」
(東行前日記)安政6年(1859)5月23日 28歳

家大人に別れ奉る
平素(へいそ) 趨庭(すうてい) 訓誨(くんかい)に違(taがい)ひ、
斯(こ)の行(こう) 独(ひと)り識(し)る 巌(げん)君(くん)を慰(nagusa)むるを。
耳には存す 文政(ぶんせい)十年の詔(みことのり)、
口には熟(じゅく)す 秋(しゅう)洲(しゅう)一首(いっしゅ)の文。
少少より尊攘(そんじょう) 志は早くに決し、
蒼(そう)皇(こう)たる輿(よ)馬(ば) 情安(いずく)んぞ紛(ふん)せんや。
温(おん)清(せい)剰(あま)し得て 兄弟(けいてい)に留(とど)め、
直(ただ)ちに東天(とうてん)に向かひて 怪雲を掃(はら)はん。
(原漢詩)松陰全集第9巻565頁

概略
父上にお別れいたします。
普段から父上よりお教えを受けながら、背いてばかりでした、
この度の江戸往きは父君の心を慰めるものになると密かに思います。
私の耳には父上から説き聞かされた文政十年の詔書が今なお残りっています、
口唇には『神国由来』の書のことばも何度も反芻したのでして暗誦出来ます。
少年の頃から尊皇攘夷を親しみ覚え、私の志は早くから固めておりました、
あわただしい江戸往きであっても、今さら私の心は乱れることはありません。
両親への孝行は尽すことが出来ないまま、兄弟に私の心境を留めおくよう御願いしました、
直ちに江戸を目指し、ペリー来航以降の不穏な情勢を一掃したいと思います。

松陰神社 神社

勉強家「吉田松陰」
1.吉田松陰は妹千代に宛てた手紙で「杉家の家風に及びがたき美事あり」として「親族を睦まじく給ひ」、「文学を好み給ひ」として一族を誇りとしていた。
2.一族の家風を受け継いで、松陰は幼児から勉学に勤しんだ。ある時、兄が「今日は正月で目出度い日だから、勉強は休もう」と呼びかけたら、「正月でも一日に変わりはない、勉強を休んだら時間がもったいない」と反対をしたというエピソードが残されている。
3.「松下村塾」を主宰した時も、門下生の岡田耕作という少年が正月に勉強にやって来たことを褒め称え、そして、その心がけを称える文を与えて励ましている。
4.「松下村塾」で、松陰は常に「お勉強なされい」と言っていたと、門下生の回想記が残されている。そして自身、何時、何処でも常に勉強に励んでいた。その証拠が吉田松陰全集に見られように、全10巻の5000頁に及ぶ沢山の著作を残したのである。
5.松陰の勉強は、机上論でなく「実学」であった。人生に役立たない勉強のための勉強態度を門下生には常に戒めていた。有名な「松下村塾記」では「学は人の所以を学ぶなり」と自らの学問感を述べている。生きた学問をすることこそ、松陰の勉強であった。

長崎紀行     二日 嘉永六年(一八五三)十月二日 二十四歳
朝、禁城を拝す。詩あり、云はく、
山河襟帯自然城      山河(さんが) 襟帯(きんたい)して 自然の城(しろ)、    
東来無二日不一レ憶二帝京一    東来(とうらい)日として帝京(ていきょう)を憶(おも)はざるは無(な)し。
今朝盥漱拝二鳳闕一     今朝(こんちょう) 盥漱(かんそう)して 鳳(ほう)闕(けつ)を拝(はい)し、
野人悲泣不レ能レ行     野人(やじん) 悲泣(ひきゅう)して 行くこと能(あた)はず。
鳳闕寂寥今非レ古      鳳闕(ほうけつ) 寂寥(せきりょう)として 今は古(いにしえ)に非(あら)ず、
空有二山河一無二変更一    空(むな)しく山河(さんが)のみ有りて 変更無し。
聞説今上聖明徳       聞(き)説くならく 今上(きんじょう) 聖明(せいめい)の徳(とく)、     
敬レ天憐レ民発二至誠一    天(てん)を敬(うやま)ひ民を憐(あわれ)むこと 至誠(しせい)より発(はっ)し、
鶏鳴乃起親斎戒       鶏鳴(けいめい)乃(すなわ)ち起きて 親(みずか)ら斎戒(さいかい)し、
祈下掃二妖氛一致中太平上      妖氛(ようふん)を掃(はら)ひて太平(たいへい)を致(いた)さん事を祈(いの)れると。
従来英皇不二世出一     従来(じゅうらい) 英皇(えいおう) 世々(せぜ)は出(い)でざるに、
悠々失レ機今公卿      悠々(ゆうゆう)として機(き)を失(しっ)せり 今の公卿(こうけい)
人生如レ萍無二定在一     人生(じんせい) 萍(うきくさ)の如(ごと)く 定在(じょうざい)無(な)く
何日重拝二天日明一      何(いず)れの日(ひ)にか重(かさ)ねて天日(てんじつ)の明(めい)を拝(はい)さん。

意訳
(京都は)山河がとり囲んでこり、自然の城をなしているようだ、
東上して(江戸にきて)以来、毎日この天皇のいる京都のことを憶っていた。

今朝、手を洗い、口をすすいで、身を清めてから宮城を礼拝したが、
私は悲泣の涙が止まず、立ち去ることも出来ずにいる。

皇居はもの寂しく荒れ果ててしまって、今はかつての面影はなく、
変わらない姿の山河が空しくあるばかりである。

お聞き(梁川星巌)すれば、今上の孝明天皇は、聖徳の徳に満ちて居られ、
天を敬い、民を愛されることは、その至誠の心から出ており、
早朝、鶏の声と共にご起床され、みずから身をお清めになり、
邪気(外敵)を一掃し、太平の世が続くことを願っていると云う。

これほど英邁な天皇がいつの世にもいらっしゃるとは云えないのに、


関連記事
スポンサーサイト
この記事に対するコメント
「そうもうくっき」素晴らしい言葉の響きです。
「草莽」は『孟子』においては草木の間に潜む隠者を指し、転じて一般大衆を指すそうです。「崛起」は一斉に立ち上がることを指し、“在野の人よ、立ち上がれ”の意味です。
松陰は安政の大獄で収監される直前、友人北山安世に宛てて書いた書状の中で「今の幕府も諸侯も最早酔人なれば扶持の術なし。草莽崛起の人を望む外頼なし。されど本藩の恩と天朝の徳とは如何にして忘るゝに方なし。草莽崛起の力を以て、近くは本藩を維持し、遠くは天朝の中興を補佐し奉れば、匹夫の諒に負くが如くなれど、神州の大功ある人と云ふべし」と記して、初めて用いたのです。
どう考えても今の民主党政権は間違っています。
日本をこのままにしておいては教育の荒廃、バラマキの無策、「仕分」の格好だけで実質何も出来ない赤字の垂れ流し、国際競争力のない国、自国に誇りがもてない国民になってしまいます。
「立ち上がれ日本」ではなく、「立ち上がれ国民」です。
【2010/06/20 12:41】 URL | 松陰愛好家  #- [編集]
私は「自分が必要とされる幸せ」は、自分の行動(労働)でしか味わえない・・と思うのです。今の日本で60歳(まだ充分に「現役」でよぼよぼの「高齢者」ではない)を働かせないのは大変な社会的損失です。それに「働かせて年金を納めさせる」事も今の年金財政を助けられます。今の制度、何十年もまえの古臭い制度のままだと思いますね。とは言え、(自分では気がつかないだけで・・・)多分、この方は企業でそれなりのスキルを身につけられている筈です。
最初は無償でそのスキルを後輩に伝えていく・・それは言葉ではなく、実際の行動による伝承が大切だと思うのです。まず行動してみる事だと思います。でも100人の内1人しか評価してくれないかも知れません。それでもいいじゃないですか。最初はなんでも「やってみなはれ!」の精神です。朽ち果てるまで行動し(遊び)ましょう!どうせ人はいずれ死ぬんですから・・・・ 
【2010/06/16 09:57】 URL | Y.N #- [編集]
老いぼれじいさんへ(失礼!)

大会社にいたことは、それなりの人脈も、何か言うに言われないものを多く手に入れています。
これまでの体験は、これからの人生のためにあります。

60歳前後から出会った人が、本当の人脈になります。
そういう意味で、これからが人生であり、勝負時です。
どんどん積極的に行動に出てみては如何ですか。
これから出会う人が自分の人生を、生かし、励まし、助けてくれるのだ、との信念で如何でしょう。

これまでの人生は、これからの人生の前座であり、土俵つくり
の一環にしか過ぎません。
どうぞ、これから本番の人生を歩もうではありませんか。

かく言う私も、迷い多き、これから人生の一人です。
                                                    K.U
【2010/06/15 15:17】 URL | 上野 光一 #- [編集]
親思う心にまさる親心けふのおとずれ何ときくらん
身はたとひ武蔵の野辺に朽ちぬとも留め置かまし大和魂

【2010/06/12 23:34】 URL | 論語愛好家 #- [編集]
現役の時、大きな組織の中で働いていた自分は今、再就職で大変苦労しています。
定年になって、はたと自分の客観的能力について顧みると、この道でプロフェショルだと思っていたことが一般社会的から見れば全然使い物にならないことがよくわかりました。
一体自分はこの36年間何をやってきたのだろうと思うのです。
もう少し勉強しておけばよかったと悔やまれるばかりです。
大会社にいたということは、世間に通じるスキルを磨く場を失っているのかも知れません。
【2010/06/09 16:47】 URL | 老いぼれじいさん #- [編集]

この記事に対するコメントの投稿














管理者にだけ表示を許可する


この記事に対するトラックバック
トラックバックURL
http://kinnhase.blog119.fc2.com/tb.php/4-8fc0e48d
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)


サイドメニュー ×
メニューA  メニューB

検索フォーム ×

RSSリンクの表示 ×

リンク ×
このブログをリンクに追加する

ブロとも申請フォーム ×

この人とブロともになる


QRコード ×
QR