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平戸遊学関係文書
【2010/09/22 21:35】 エッセイ
松陰が長崎留学を願い出た背景に、萩藩を超越した日本国の民族の危機打開への思いがあったのです。それを書いてみました。
慶應大学構内三田演説館


平戸遊学関係文書 嘉永ニ・三年
覚  (嘉永ニ年九月十七日)

拙者儀幼少にて家督仕り、夫れ己来功者の門弟申合せ追々修行仕り、且々門弟取立て仕り候へども、彼れ是れ覚束なく存じ奉り候に付き、此の度自力を以て肥前平戸松浦壹岐守様御家来葉山佐内と申す者拙者同流の軍学鍛錬仕り候由承り候に付き、彼の方へ罷り越し稽古仕り候はば、流儀修練の便りにも相成るべくと存じ奉り候。然る處、先達て御手當御内用掛り仰付けられ候に付き、右御用相濟み候はば早速罷り越し度く存じ奉り候間、来る春夏の間、出足月より往来十ヶ月の御暇差免され下され候様願ひ奉り候。留守中明倫館稽古の儀は兼て見合頭取等仰付け置かれ候事に付き、門弟中懈怠なく出精仕らせ候様申し談じ置き候間、差免さるる儀に御座候はば表方御願ひ申出づべく候。右に付き往来尚ほ滞留中諸雑費等御嘆きがましき儀申出づ間敷く候間、此の段宜しく御沙汰下さるべく候。以上。
九月十七日                         吉田大次郎(花押)
山中八郎兵衛殿
(刎紙)表方願ひ出で候はば、御許容を遂げらるるにて之れあるべく候。

脚注
嘉永ニ年:この年松陰二十歳。 幼少:松陰は天保六年、六歳の時吉田家を継ぐ。
功者の門弟申合せ:松陰が幼少の為、渡辺六兵衛・林真人・玉木文之進・石津平七等の高弟が家学教授を代理した。 
伝習禄


葉山佐内:平戸藩家老格、佐藤一斎門下の陽明学者。松陰のこの門人への従学希望は、下関の伊藤静斎の話を聞いた林真人のすすめによる。
拙者同流:山鹿流の兵学。 稽古:昔のことがらを考え調べる。転じて学問のこと。
手當御内用掛:夷賊防御御手当御内用掛りのこと。 明倫館稽古:松陰は明倫館にて家学を教授していた。 諸雑費等御嘆きがましき儀:自費で国外留学を志したこと。
山中八郎兵衛:萩藩大組の士。天保十五年の御役人帳に御右筆とある。
刎紙:はねがみ。文書などの上にこのような返事の文句を書いた小さな紙片を貼り付けたもの。

この文書は吉田松陰が、「萩藩」の狭い地域だけの勉学ではいけない。ましてや、松平定信の寛政の改革の頃より「ひしひしを押し寄せる欧米資本主義の行動様式」に危機感を抱いた松陰が、萩藩だけの「国の防御」に留まらず、「日本国家の危機」と受け止めたことから世界情勢を知るために願い出た「遊学」願いなのであった。
アヘン戦争24.5.5


松陰は「幕藩体制」を越えて「日本国」と言うレヴェルでの「民族の存亡を察知」した先覚者である。ここに、松陰の偉大さがある。「泰平の眠りを覚ます蒸気船」という「狂歌」に先駆けて日本民族の生き残りを心配したのです。だから「大和魂」という吉田松陰独特の「叫び」になってくるのです。これを知らずして「吉田松陰の大和魂」の真意を語る事は出来ない。「兵学者故の洞察能力」かもしれない。しかも、「私心」を超越して「日本民族」の生き残りを賭けた「魂の叫び」であったのです。此れを理解して初めて「吉田松陰の偉大さ」がわかるのです。

もし、松陰が「日露戦争」後の「軍人の跋扈」を目の当たりにしたら、山県有朋などは大いに叱られたに違いない。日本は日露戦争の国内向けの「大本営情報」によって国民が、正しい情報を得られずに「だまされた」のです。その象徴的な出来事が「日比谷焼き討ち事件」なのです。ここから、「大本営発表」イコール「うそつき」が始まり、福島県出身の「朝河貫一博士」は、「日本の禍機」(講談社学術文庫刊行)を出版して、国際社会における日本の立場の危機を警告したのです。果たせるかな、30年後その通りになってしまいました。博士は「ルーズベルト大統領から日本国天皇」に宛てた親書を書かせた。然し、風雲時にあらず、博士の努力は一週間遅れで間に合わず、「太平洋戦争開戦」となってしまった。当時、「皇紀二千数百年」の「八紘一宇」の誤った旗印のもとに「日本国は滅びる」ことになった。

吉田松陰が「独立不羈三千年の大日本、一朝羇縛を受くること、血性ある者忍ぶべけんや」と叫んだのが安政六年(1895)四月であった。松陰が生きていたら、国の舵取りを誤れせなかっただろうと思うのである。明治以降の政治家は、日本人全体を含めて、「エゴイスト民族の国家」として、真の国際的信用を失う。勿論、その背景には「ヨーロッパ史観」といわれる、白人社会の優越性を誇る歴史の大きな流れがあったのである。
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この記事に対するコメント
「気に食わない」からと中国の日本に対するレアアース輸出規制はWTOに違反しています。
中国はWTOに加盟する資格のないヤクザ国家です。そんな国と真面目に付き合えないですね。
そもそもレアアースなんてそんなに重宝がる資源ではないのです。
日本人が思っているほどレアアースは「レア(希少)」ではないのですから。17種類のほとんどは十分に現在は在庫があります。「輸入が止まると電子部品が生産できなくなる」なんて物資はそれこそレアでしょうね。そしてレアアースの供給が本当に危ないということになれば、中国以外のまだ発掘されていない地域で採掘が進むでしょうし、製造業が代替技術を開発するだろうし、リサイクルが盛んになって真にいいことです。戦時中の日本の絹の禁輸がアメリカでのナイロンの開発を促したように。オイルショックの時のように結果として需要は減ってしまうのです。結局、中国としては自分の首を絞める行為となるのですから。レアアースが必要だから「中国様どうかお許しを」なんて外交をしてはいけません。「必要は発明の母」なのです。
【2010/09/28 14:24】 URL | 大手町の志士 #- [編集]
「日清戦争」、当時の識者、福沢諭吉も、中国に文明開化を知らせるために日本は兵力に訴えるべきだとし、また、諭吉は、薩長支配の藩閥政治に反対する民党に対して「新たな領土(植民地)を得て、その官僚ポストを取れ」と説いた。
 睦奥宗光外相は、不平等条約の改正を図るためには、欧米列強に日本はアジアの中でも特別な、軍事力の備わった国であることを見せなければならないと説いた。「三国干渉」で散々、軍事力の必要性を知った日本国民なのに、「非武装中立」なんてバカを言っている場合ではない。この教訓を思い出そう。
【2010/09/27 17:14】 URL | T.M #- [編集]
尖閣諸島問題を全国知事会で当時の鳩山首相は「日中の間で衝突があったとき、アメリカは安保条約の立場で行動する。しかし(尖閣諸島の)帰属問題は日中当事者同士で議論して結論を出す、と私は理解をしている」と回答した。日本固有の領土ではないと発言したバカな首相がいたお陰でこんな事に・・・・。
そして昨日「私だったら事件直後に、この問題をどうすべきか中国の温家宝首相と腹を割って話し合えた」と述べ、政府の対応を批判したそうだ。何ひとつできなかったくせによく言うよ。
【2010/09/27 15:49】 URL | 平成の志士 #- [編集]
沖縄・尖閣諸島沖での漁船衝突事件で、政府は中国の圧力に屈し、節を曲げた。日本は自ら中国より「格下の国」であることを内外に示し、世界の笑いものになった。国益の損害は計り知れない。
「中国が強く出ると膝を屈する弱い日本」というイメージは世界に広まった事になる。
今回の事件は中国が東シナ海での活動をますます活発化させるきっかけとなるだろう。
今後、海上保安庁が法に則って違法漁船を捕らえようとしても相手は海軍力に勝り、場合によっては保安庁の職員が拿捕される事態も想定される。
だから、領海侵犯をされても「出て行け」とスピーカでどなっても何も出来ない状態になり、中国側のやりたい放題になるだろう。あるいは日本側は今後起こる事件は面倒を起こしたくないので「見て見ぬふり」をする事になるだろう。常識が通じない中国はもう、「怖いもの無し」の状態だ。
結局、この国の国民気質は「長いものには巻かれろ」で、何もできないのだから、田母神さんが言っていたように「強力な軍事力が外交力となる事」をもう一度認識すべきだ。
そもそも 「那覇地検の鈴木亨次席検事は『今後の日中関係を考慮して』と言ったがこんなことを検事が言っていいのか。検察当局に対し、「中国の圧力に屈した」との国民の失望感は広がっている。折しも大阪地検特捜部の押収資料改竄という前代未聞の事件も発覚した。逆風にさらされる中で検察当局が下した今回の判断は、当面の危機を脱する役割は果たしても、さらなる国民の不信と国難を起こす結果となった。
まったく腰抜け政府と事なかれ国民だね。
【2010/09/27 13:37】 URL | 千葉の志士 #- [編集]
「浦和の志士様」
素晴らしいコメント有難う御座います。早速、岩波文庫「西郷南洲遺訓」を紐解いてみました。朱線が引いてありました。佐藤一斎の『言志四録』からの抜粋で、明治三年庄内侯の酒井篤・忠實に教えたものですが西郷隆盛も吉田松陰も「陽明学に傾倒」していたようです。「明治維新は陽明学が成し遂げた」と陰で言われる所以かもしれません。吉田松陰の『士規七則』は従兄弟の加冠の儀を祝して書き与えたものですが、「志を立てて以て万事の源と為す」は、個人としては勿論、国家にも当てはまると思います。「志なき人生」・「志なき国家」は寂しい限りです。「旧文部省唱歌」に「ふるさと」があります。その一節に「志を果たして何時の日にか帰らん・・・」と歌われていますが、地方出身者である私には特別の感慨があります。現代日本で最も要請されるべき生き方の一つであると思います。因みに、『士規七則』は授業で学生と一緒に読んでいます。学生に、教壇に立って声を出して読んでもらっています。
【2010/09/24 14:58】 URL | 長谷川勤 #- [編集]
今、産経新聞に山内昌之東大教授の「幕末から学ぶ現在」が掲載されている。
我々はこの文章を熟読玩味してみる必要があると思う。
長文だが、國を憂う者として以下引用してみよう。

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菅直人首相を支える新たな顔ぶれはまことに味わい深い。留任した仙谷由人官房長官に加え、新任の岡田克也民主党幹事長と前原誠司外相は、“小沢一郎何するものぞ”という気概に溢れた政治家たちである。この3人が時に揺れ動いた菅首相を叱咤激励しなければ、小沢陣営の気迫に菅陣営はたじろぎ苦杯を嘗めていたかもしれなかった。
このトリオで、民主党代表選のさなかに尖閣諸島沖を侵犯した中国漁船による海上保安庁巡視船への不法行為を原理と原則に基づいて処理してもらいたい。もし鳩山由紀夫前首相と小沢一郎元幹事長のコンビであれば、法律に照らして正当な中国人船長の逮捕や起訴に踏み切るか否か、疑問も残ったのである。
 「友愛の海」で中国の勝手な跳梁を許し抗議もしなかった鳩山氏や、多数の民主党議員を嬉々と胡錦濤国家主席との記念写真に応じさせた小沢氏と異なり、菅新政権の核の3人には、どの国が相手であろうと日本の主権と国民の安全を犯す行為に厳しく対処することを内外に闡明してもらいたいものだ。ここでも西郷隆盛の言葉を思い出さざるをえない。
 「正道を踏み国を以て斃るるの精神無くば、外国交際は全かる可からず。彼の強大に畏縮し、円滑を主として、曲げて彼の意に順従する時は、軽侮を招き、好親却て破れ、終に彼の制を受るに至らん」
(岩波文庫『西郷南洲遺訓』一七)
 西郷隆盛の遺した文章のなかでも、この言葉ほど日本の外交環境を憂える者に勇気を与える表現はない。西郷の言葉は、国土交通相だった前原氏も高く評価した海上保安官たちの毅然とした対応や司法当局の自律性とさながら重なるかのようであり、日本人の耳朶を打ってやまない。現代語に訳しても、西郷発言の格調の高さは変わらない。

【2010/09/24 09:49】 URL | 浦和の志士 #- [編集]

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