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「吉田松陰成仁ロード」
【2010/10/12 09:26】 エッセイ
昨日、第10回目の吉田松陰成仁ロードが30名の参加を頂いて行われた。
今回は2010年、10月10日、第10回と10にちなんだ催しとなりました。松蔭大学の教職員や松陰愛好者の方々が、三々五々集合場所の明治神宮入り口に集合。記念撮影や、初参加の方々を紹介。ウォークに当っての注意事項伝達の後、小雨の中、靖国神社までの約6kmのコースを出発。吉田松陰の鎮魂の催し、皆で松陰を偲びながら歩く。今年は没後151年目になる。和気藹々のうちに様々なにこやかな面々が続き、楽しいウォークが続く。青山通りから神明治宮外苑を通って休憩所の、四谷見附公園へ。休憩兼講話拝聴タイムで越河、本島両先生の講話を全員で楽しく拝聴。司会役をしながら、私のブログの説明も抜かりなく告知しておく。
walking.jpg



この頃から雨が止む。桜の花で有名な市谷の土堤を散策気分にひたりながら歩いて、一路ゴールの靖国神社へ。各々拝観ののち、再び全員で鳥居をバックに記念撮影。大村益次郎の銅像を見上げながら、予定より10分遅れで昼食会の九段会館へ到着。10周年の記念のため、初回からの参加を継続している方から思い出話などを語ってもらう。完歩証を手渡す一人一人にシャッターが切られる。副学長ご夫妻をはじめ、参加者の楽しそうな会話がはずむ。盛会のうちに散会となる。例年に増して楽しかった今年のウォーク。参加者の満ち足りた表情がそれを物語っていた。
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また中国で「反日デモ」が始まった。もういいかげん、飽き飽きだ。
もともとは「官製デモ」であったのだ。日本はこんな事で血迷ってはいけない。
先日のNHKドラマ「龍馬伝」で船の衝突談判で、坂本龍馬がその存在を知って飛びついた「万国公法」も、実は中国では1850年代、日本よりも早い段階でこれを入手し翻訳していたが、中国は、「万国公法」よりも中華思想で自国の法を優先させる国だ。世界の常識が通じない国なのだ。
今、中国は経済成長を続けており、確かにGDPも世界第2位になったが、この発展は、農民の犠牲の上に成り立ったものだ。彼らの土地を僅かな補償費用で取り上げて工場用地に転用し、更に農民を格安の賃金で働かせた結果として得られたものだ。そして利潤追求を第一だから、凄まじい環境破壊を伴っている。中国産の食品に多くの問題があるのは、このような無理のある経済発展の結果だ。
成熟した経済と、それを担う市民層が定着するためには、今の歪な状況を変えていく必要がある。例えば、「土地私有」が認められる事。私有財産が保証されれば、個人意識や人権意識が生まれだろう。土地私有を認めていない今の中国で、独立した市民意識を持った階層が簡単に出てくる訳はない。遠い将来に、そのような安定した経済活動を担う階層が都市の中に出てくるまでは、本当の「民主化」は決して起こらないと思う。
先日、枝野氏が「中国とは、法治主義が通らないとの前提で付き合わないといけない」と中国を批判したのに対し仙石官房長官は「戦前の日本が侵略によって中国に迷惑をかけた」事を理由に尊敬の念を持っているかの如く中国を擁護した。
中国の全ての社会システムは、共産党の専制を補完する存在だ。むき出しの権力が見えないように法治システムで覆い隠している。中国は強かな国であり、中国が動じるのは、自国が損をするという「損得勘定」が働いた時だけなのだ。日本の政治家や財界人は中国という国が、そういう強かな隣国であることをもっと認識すべきだ。
【2010/10/18 10:50】 URL | O.K #- [編集]
吉田松陰は当時、朱子学者で長州の藩校・明倫館の元学頭であった山県大華と以下のような論争をしている。
松陰が「古事記」「日本書紀」を持ち出して日本の国体を強調するのに対し、大華はそんな日本中心の考えは不合理だ、もっと国際的視野(中国中心史観)に立った「普遍的考え」をすべきである、とそれを退ける。又、松陰が時の幕府が西洋列強の武力に屈したかたちで開国を進めている事を嘆くのに対して、大華はそうした西洋のやり口は無礼だが、日本側に対抗出来る手段がない以上、深く怒るべきでなく、「許容するより仕方があるまい」と、無責任にも言ってのけたのである。
この「もの言い」は今回どこかの政府も官房長官もまったく同じような論法であった。
私は、「現実主義」と称するいわゆる自虐史観の「戦後知識人」の一典型を見るような思であったが、このような退嬰的な現状追認の姿勢を続けていれば、当時その後の日本は間違いなく、植民地化の歴史を辿っていたのは間違いないであろう。
松陰もこの大華に対して「怯懦極まれり」と評している。
今日においても益々吉田松陰を学ぶ価値があるのはここでも明白に説明できるのである。
【2010/10/16 15:26】 URL | 平成の志士 #- [編集]

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