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本日の授業
【2010/06/18 09:25】 エッセイ
講義タイトルは「吉田松陰の草莽崛起論と明治維新への道」という、少し長いものでした。
安政5年「松陰の学術純ならず」と、第三者には意味不明の罪名で野山獄に再度投獄された松陰は、門下生との時局認識と対応行動を巡って意見が別れる。松陰の「諸友と私の意見の別れるところは、僕は忠義をする積り、諸友は功業をする積り」という師弟関係の断絶の危機に遭遇となる。そして松陰は「天の裁きを願う」との「至誠」を問う挙に出た。そして、紆余曲折を経て辿り着いた結論は「幕府や諸侯は最早粋人なれば頼みなし、草莽崛起の人を望む外なし」だった。これを、佐久間象山の甥に当る北山安世に当てた書簡で憤懣やるかたない思いで綴ったのであった。
幕末の志士



この精神が門下生に継承されて、坂本龍馬が武市半平太から託された書簡を持参して萩を訪問、対応した久坂玄瑞(中央公論社の日本の歴史19巻260頁は対応が高杉晋作となっているが、これは誤り)が「諸侯恃むに足らず、公卿恃むに足らず、草莽志士糾合の外にはとても策これなき事と、私共同志中、申し合わせ居り候事に御座候。失敬ながら、尊藩(土佐藩)も弊藩(長州藩)も、滅亡しても大義なれば苦しからず」と尊攘の「大義」実現には幕藩も否定する考えを表明。将に、松陰の草莽崛起の精神が継承されている。さらに、松陰の高弟である高杉晋作が「尊師の仇を必ず討つ」と明言した。これが、後に奇兵隊の創設となって、反幕府勢力に成長し「四境戦争」に勝利して、幕府に止めを刺す決定打となった。さらにこれは、明治の「徴兵令」に連なる。獄中からの吉田松陰の護国への悲痛な叫びは、明治維新の多大な推進力となって神格化された(松陰神社)。高杉晋作も、恩返しが出来たと納得したでしょう。「万巻の書を読むに非ざるよりは寧んぞ千秋の人たるを得ん」との思いを込めて門下生を鼓舞したことばは、このような「志」の継承となり、松陰精神は今に生き続けているのであります。

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この記事に対するコメント
部下に仕事を頼む時、単に汗をかくだけの仕事を頼のんではいけないそうです。部下にとって少なくとも2割は創意工夫の余地があるように、新しいスキルが身につくように依頼するのがマネージメントの基本であるとのことです。そこまで考えていない上司が世には多すぎるようです。
松陰が松下村塾の新入り塾生に庭を掃除させる場面がありますが、ふとこんなことに気づきました。
【2010/06/29 14:29】 URL | 残念な人になりたくない人 #- [編集]
 冊子を披繙せば、嘉言林の如く、躍々として人に迫る。顧ふに人読まず。即し読むとも行はず。
(書物を開ければ、学ぶべき立派なことが山と載っていて、私達の心に訴えかけてくる。考えるに人は折角のその書を読まない。もし読んでもその得た知識を行動に表さない。)
苟に読みてこれを行はば、則ち千万世と雖も得て尽すべからず。
(事実、書を読み実践したならば、幾千万年にわたっても実践しつくす事はできないのである。)
噫、復た何をか言はん。然りと雖も知る所ありて、言はざる能はざる人の至情なり。
(ああ、ことさら言うことではなく、ただ実践すれば良いのである。しかし知っていたら、その事を言うのが人の情というものである。)
古人これを古に言ひ、今我れこれを今に言ふ。亦なんぞ傷まん、士規七則を作る。
(昔の人は昔なりに言い、私も私なりに言う。何を慮ることもない、よってここに士規七則をつくる。)

一、凡そ、生れて人たらば、よろしく人の禽獣に異るゆえんを知るべし。
   (人として生まれたならば、人が鳥や獣と違う所以をしらないといけない。)
   けだし人には五倫あり、しかして君臣父子を最も大なりと為す。
   (思うに人には五つの道理があり、その中でも君臣の関係・父子の関係が最も重要である。)
  故に人の人たるゆえんは忠孝を本となす。
   (であるから、人が人である所以は忠と孝を基本とする。)

一、凡そ、皇国に生れては、よろしくわが宇内に尊きゆえんを知るべし。
   (万世一系の天皇を頂く我が国に生まれたからには、我が国が天下において貴重な存在である事を知らねばならない。)
   けだし、皇朝は万葉統一にして、邦国の士夫世々禄位を襲ぐ。
   (思うに、我が国は万世一系の大君を頂き、諸国の武士がその身分を世襲している。)
   人君、民を養いて、もって祖業を続ぎ、臣民、君に忠してもって父志を継ぐ。
   (大名が人民を養い、元の生業を継承し、それぞれが忠義を行い、父の志を受け継いでいる。)
   君臣一体、忠孝一致、ただわが国をしかりとなす。
   (こうして、君臣一体、忠孝一致となる、これは我が国だけの特色といえる。)

一、士の道は義より大なるはなし。義は勇に因りて行はれ、勇は義に因りて長ず。
   (武士の道において最も大切なのは義である。義は勇気に因って行動に移され、勇気は義を知ることにより大きく成長する。)

一、士の行は質実欺かざるをもって要となし、巧詐過を文るをもって恥となす。
   (武士の行いは、質素、実直、人を欺かない事が肝要である。人を欺き、自分を飾る事は恥とする。)
   光明正大、みなこれより出ず。
   (正しき道義を行い、身が潔白であることは、これらの理由からである。)

一、人、古今に通ぜず、聖賢を師とせずんば、すなわち鄙夫のみ。読書尚友は君子のことなり。
   (人間として古今の出来事に通ぜず、聖賢を師としない者は、心の貧しい人間である。書を読み、それらを友にすることは君子のなすべきことである)

一、徳を成し材を達するには、師恩友益多きにおり、故に君子は交遊を慎む。
   (徳を磨き優れた人間に達するには、恩師、友が多いことが条件であるから、君子は人との交流は慎重に行う。)

一、死して後やむの四字は言簡にして義広し、堅忍果決、確乎として抜くべからざるものは、これをおきて術なきなり。
   (死して後已むの四文字は言葉は簡単であるが意味は大きい、意思が堅固で忍耐強く、決断力があり、断固としてその志を変えない時は、これが最適の言葉である。)

右士規七則約して三端となす。
(この右記が士規七則であり、要約すると三つとなる。)
いわく「志を立ててもって万事の源となす。交を択びてもって仁義の行を輔く。書を読みてもって聖賢の訓をかんがふ」と、士まことにここに得ることあらば、またもって成人となすべし。
(即ち、「志を立てることを全ての始まりとする。交流する相手を選ぶことにより仁義の行為を学ぶ。書を読み先達の遺訓を学ぶ。」武士は、誠このような言葉から得るものがあり理解できなならば、完成された人とするべきである。)              二十一回猛士手録(吉田松陰先生の花押)
【2010/06/18 14:22】 URL | 松陰愛好家 #- [編集]

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