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再びの『留魂録』
【2010/12/08 20:26】 エッセイ
明日(2010.12.09)の講義は、松陰の遺書『留魂録』である。安政6年10月25日から書き始めたこの書は翌日の黄昏に二通を書き上げた。処刑の前日である。二通書いた理由は門下生に届くかどうか危ぶまれた、松陰の周到な配慮からである。伝馬牢の司獄か幕府に没収されることの懸念である。万一に備えて牢名主「沼崎吉五郎」にも頼んだのであった。現在、萩の松陰神社に残るのは、こちらの方である。明治9年神奈川県令で門下生だった野村靖に遠島の刑期を終えた沼崎から手渡された、数奇な運命を辿った。
留魂録24.3.25




安政三年、松陰は『幽囚録』を読んで感激し、来萩した「僧黙霖」と往復書簡を交わしている。八月十八日の書簡に「若し僕幽囚の身にて死なば、吾れ必ず一人の吾が志を継ぐの士をば後世に残し置くなり。子々孫々に至り候はばいつか時なきことは之れなく候」と自らの思いを記している。これと『留魂録』の末尾の和歌が対応する。即ち、「討たれたる吾れをあはれと見ん人は君を崇めて夷払えよ」・「七たびも生きかえりつつ夷をぞ攘はんこころ吾れ忘れめや」の二句の和歌に「松陰の志」が篭められている。

十六条からなるこの『留魂録』の十三条に、「余徒にこれを書するに非ず。天下の事を成すは天下有志の士と志を通ずるに非ざれば得ず。而して右数人、余此の回新たに得る所の人なるを以て、是れを同士に告示するなり。・・・切に嘱す、切に嘱す。」
迫り来る死を直前にして、なおこの「志」を語り、かつ継承せんとする強固な意志に感動せずにはいられない。門下生達が感動と憤怒とを交えて「松陰の志」たるこの遺書を読んだという。
留魂録


有名な「草莽崛起論」と相俟って、門下生が国事行為に奮闘し、維新の扉を開いたのも故なしとしない。この故に松陰は「維新の先覚者」とか「維新の精神的支柱」といわれるのである。自らの志を貫徹するには死をも厭わず、新日本の建設への執念に「ただ、ただ頭が下がる」思いである。松陰の高杉晋作に教えた死生観そのものである。「死して不朽の見込みあらばいつでも死ぬべし、生きて大業のみこみあらばいつでも生くべし・・・」だから、松陰の精神は150年経過した今も、光り輝いているのである。
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